2010年7月27日 (火)

加害者と被害者の境界は

朝日文庫になった、吉田修一『悪人』上・下、帰途の新幹線の中で読み終える。

三面記事にしたら「出会い系で会った底辺の男女たちの殺人と逃避行」みたいな話として片付けられそうな事件だとしても、その当事者ひとりひとりに、かけがえのない人たちがいて、生きてきた歴史があって、深い心の傷がある。だれが被害者で誰が加害者かなんて、ばっさりと決めつけることなんてできない。人と人との関係を繊細に、正確に掘り下げて、紋切り型の答えなんか与えず、読後もずっと胸をしめつけ、考えさせる。タイトルも秀逸。傑作だと思う。原作者本人が脚本に参加している映画化版も、楽しみ。

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2010年7月18日 (日)

「人生は、ペルシャ絨毯」

◇行方昭夫先生『サマセット・モームを読む』(岩波書店)読み終える。岩波市民セミナーでの講義をもとに書籍化された本。行方先生の声がありありと聞こえてくるような、読みやすくてためになる一冊だった。

モームが日本に紹介されたときの経緯や来日時のエピソードも明かされる。当時の「モーム来日」騒動というのは、今なら「レディーガガ来日」みたいな扱いだったのだなあとイメージを重ねてみる。客層はまったくちがうだろうけど、セレブ来日に振り回される人たちのミーハーっぷりが、なんだか、変わらないなあ、と。

「人間の絆」「月と六ペンス」「サミング・アップ」「かみそりの刃」「赤毛 大佐の奥方」それぞれの作品の読みどころの解説が、楽しい。作品を読んでない読者や、話を忘れてしまった読者に対しても、、あらすじがわかるよう、講義が進んでいく。モームの人間観や、その解説を通した行方先生の人間観がちらりちらりと語られるあたりに、興味をひきつけられる。聴衆にもマニアックなモームファン&行方ファンが多かったようで、質疑応答のレベルも高い。

数々のモームの人生観の指摘のなかでも、心に響いたものがいくつかあり、以下、メモ。

・人生はペルシャ絨毯。人生に意味はない。明るい色ばかりじゃ絨毯は味気ない。暗い色彩、悲しげな模様もあってこそ、深い味わいのある豊かな絨毯が織り上がる・・・という「ペルシャ絨毯の哲学」。

・人間は不可解で矛盾に満ちていて、首尾一貫などしていないこと。

・恋が報いられるということは、めったにない、ということ。だから逆に、そういう恋を得られたら、この世は奇跡となり、人生に深い意味が与えられるように感じてしまうものであること。

エッセイ集「サミング・アップ」を時折、読み返すのだが、いつも感じるのは、モームは「正確」だいうこと。人間の心の動きのいや~な部分も、偽善など取り払い、率直にありのままに見て、「正確」に表現するのだ。読者の反感を買わず、ありのままに、正確な人の心の動きを記述する。自分でエッセイを書こうとするとわかるが、これはなかなか、たいへんなことなのだ。いやなやつだと思われたくないために、偽善のオブラートをかけてしまいがちである。でも、作品が普遍性を帯びるためには、シビアに正確さを追求する(そしてなお愛される)技芸が不可欠なのだと実感する。

◇朝日新聞17日(土)付の、磯田道史の「この人、その言葉」。堺利彦の巻。

「心の真実を率直に大胆に表すことを勉めさえすれば文章は必ず速やかに上達する」

たまたまモームの文章から考えていたことに響き合ったので、膝をうつ。

<真実を語ること><腹案>のほかに、<気乗り>が重要、という点にも、共感。「『よく寝る。散歩する。旅行する。場合相応の本を読む。他の仕事を片付ける』などして<自分の頭の機嫌を取って>調子のよい時に筆をとる。具体的に読み手を想像しその人に語りかけるように書くといい」。

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2010年7月10日 (土)

メンズファッションの前衛性と多様性

◇「サライ」8月号発売中です。連載「紳士のものえらび」で「クリスティ」のタオルについて書いています。機会がありましたら、ご笑覧ください。

◇「ミレニアム ドラゴンタトゥーの女」DVDで。ラングドン教授ものにレクター博士のテイストもちょっと入れた感じの、北欧の孤島の冷やっぽい空気のもとでの謎とき。残虐で陰惨なシーンも多々あり。ヒロインのミステリアスな過去もじわりじわりとわかっていくが、最後まで明解にはならない。「恋はしない」媚びない天才ヒロインの、いきなり服を脱いで馬乗りになる行動から始まる関係が、今っぽい。終わった後、べたべたしたがる男に対し、「さっさとあっちへ行ってよ」と背中を向ける女なんて、これまで映画で描かれただろうか?

◇キャリー・ブラックマン著「メンズウエア100年史」購入。スーツ、ワークウエア&軍服、アーチスト、グッドガイ&バッドガイ、スポーツプレイヤー、反逆者、ピーコック、メディアスター、カルチュアクラバー、スタイリスト、デザイナー、それぞれの系統にわけてこの100年のメンズファッションを追った写真集。男のファッションは、かくも多様で変化に富んでいることがよくわかる、眼福の一冊。

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2010年7月 6日 (火)

「千の心は千の方法でとらえねばならない」

オウィディウス著『恋愛指南 -アルス・アマトリア』(岩波文庫)読了。婚外恋愛の相手をいかにひっかけ、いかにことに及び、いかに愛を持続させるか、というローマの詩人による恋愛指南。オウィディウスは洒脱なパロディとして書いて、そのように笑って読まれるべき本であったはずなのだが、詩人は、風紀攪乱の罪でアウグストゥスによって流刑にされた。いわくつきの奇書。

具体的な「技術」を、おもしろおかしく書いているものの、「愛の技術」に関しては、現代においても通用する真実がちりばめられていて、人間の本質ってローマ時代からぜんぜん変わらないんだとあらためて実感。ただ、具体例にひきあいにだされるのが神話の神々、というのがわかりづらかった。知っている事例はついていけるけど、知らない事例のほうが多かったので。さらに、レトリックが高度すぎて難解なところがあった。事例を現代セレブに変え、レトリックをシンプルにして「超訳」として出したら、そこらのハウツーモテ本よりもおもしろくなると思うのだが。どうでしょう?

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2010年7月 4日 (日)

階級なき社会の、陰湿で憐れな階級意識

林真理子『下流の宴』(毎日新聞社)。読み始めたら止まらなくなって一気に終りまで。中流から「上」に行きたい人のいやったらしーい階級意識を書かせたら林さんは絶妙にうまい。福原家的な人々の、きもちわる~い心理描写(←筆力をホメ)に、バーキンを他人に借りてまでファッション誌の読者モデルに出たがるというあんなこんなの事例が重なって、つい、笑いが。

下流だの上流だのといった狭い枠のなかだけでしか考えられず、見栄をはってきた人たちが迎える、皮肉な結末。「下流」「育ちが悪い」とさげすまされたタマオの一発逆転の過程も、ちょっと痛快。関係ないけど、私もご立派な方に「ファッションを学問にするなんて、カス以下」と嘲笑されたことで、けっこう踏ん張れた(笑)。嘲笑を真正面からぶつけられることも、あとから考えれば、悪くないかもしれない。必死にがんばっていると手をさしのべてくれる人が出てくるあたりとか、なにかを達成して別のステージに行くと、周囲の人間関係が変わっていくあたりなど、タマオの話にはしみじみするところが多かった。

現実の日本の「下流」社会の断片もなまなましく描写されていて、現代の空気の一部を確実につかんで活字にしてみせたような一冊。

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2010年6月30日 (水)

世之介さん

吉田修一『横道世之介』(毎日新聞社)読み終える。

ひとりの好青年と、彼をとりまく魅力的な友人たちの、何気ないけどいとおしい日々を、きらきらと光らせてみせる。さりげなくはさまれる、彼らの何十年後かの姿が、そんな日々に「重み」を添える。

ひとつひとつのエピソードが、CMドラマにしたくなるような(?)楽しさだが、なかでもいちばん好きなお話が、帰省先での正樹とのケンカ。本気の殴り合いのケンカになるも、両者の父親の反応といい、酔客の反応といい、どこかのどかで、しかも結局、正樹からいろいろメリットをうけることになるのが、えもいえずおかしい。

終始笑顔で読ませ、最後の、世之介の母が祥子にあてた手紙でどっと泣かせる。巧いのに巧さの押しつけもない。とても風通しよく、あたたかな読後感を与えてくれる小説。

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2010年6月25日 (金)

「夢はかなわなくても、人は不幸になるとは限らない」

林真理子『グラビアの夜』(集英社文庫)読み終える。「一流ではない」仕事現場で、それなりにあがいたり、日々をしのいだりしているスタッフたちのそれぞれの物語が、生々しいリアリティで描かれる。大きな山場があるわけでもなく、感情がドラマティックにゆさぶられるわけでもなく、けっして読後はすかっと快いわけではない。でも、まさにそのテンション低めの殺伐とした感覚こそ、作者が狙った効果であるようだ。

巻末の瀧井朝世さんの解説が、そのあたりのもやもや感をうまく表現していた。<上昇志向がなく、熱情もないけれど、現実に穏やかに満足しているという現代人の姿勢を浮かび上がらせている>と。以下、瀧井さんの解説から。

「トップを極めるというのは、かなり面倒くさいものだと分かってきたこと。(中略)栄華を極めた人間は、賞賛や憧れの対象というより、足元をすくうターゲットとなっている」

「トップがすぐ入れ替わる時代なのである。芸能界も経済界も政界も、いちばん上に行き着いたら、後はひとつでも失敗したら奈落の底まで落ちるだけ。しかも、どこに落とし穴があるか分らない」

「一流でなくても、いい暮らしはできる。(中略)ヘタに出る杭になって打たれてすべてを失うよりも、地味だけれども使い勝手のいい人間のままでいたほうが、同じ世界で息長くやっていけそうな気もする」

タイトルのことばも、瀧井解説より。こういう時代においては、「上を目指す」ことがばからしく、そこそこのところでささやかに満足を覚えながらやっていければそれもまたいいではないか、というひとつの考え方。

そんな考え方が救いとなる人が大勢いる。そのような日本の現実に、どこかわりきれない思いも残る。

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2010年6月14日 (月)

喫煙・酒・賭博・相場投機・コルセットは5大災厄

仕事に必要な保存版の本、何冊かまとめて目を通す。

・吉村誠一『メンズ・ファッション用語大辞典』(誠文堂新光社)。ディテールまでの情報もあり、イラストも豊富、役立ちそう。

・徳井淑子『ヨーロッパ服飾史』(河出書房新社)。西洋服飾史に頻出する見慣れた絵画が多いが(新しいものはでてこないからなあ・・・)、なかにははじめて目にするものもあり、なによりもカラーで豊富に掲載されているのがうれしい。

シャルル・デュボワが挙げる「5つの災厄」に、喫煙・酒・賭博・相場投機・コルセットがあった、という話が気になった。

・鷲田清一『たかが服、されど服 ヨウジヤマモト論』(集英社)。ヨウジの服と、鷲田先生の詩のような短文のコラボレーション。

いずれじっくり読もう・・・と思っているうちに次々に新しい本も出版される。なんだかんだといって日本は豊かなのではないか、とやや情報疲れも感じつつ。

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2010年6月13日 (日)

「人の笑顔は『演技の賜物』」

百田尚樹『モンスター』(幻冬舎)読み終える。バケモノと呼ばれた女が、整形手術で完璧な美人となり、美貌を武器に復讐をし、美貌を駆使して思いも遂げる。男が美人に対して見せる反応、男の魂まで奪うための美人の振舞い方、男の心を翻弄するテクニックの描写の数々が、興味深かった。自分には縁のない世界なだけに、そ、そういうものなのか……と。残酷で、キレていて、迷いなしのヒロインの情念。コワおもしろくて、どこか哀しい、一気に読ませる本だった。

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2010年6月10日 (木)

「正時」を外す

◇「サライ」7月号発売です。連載「紳士のものえらび」でブリッグの傘のことを書いています。機会がありましたら、ご笑覧ください。

◇「世界の腕時計」No. 104。織田一朗さんのエッセイ「あえて『正時』をはずす」が興味深かった。「12時ちょうど」や「10時ちょうど」といった「正時」をはずすことの効用が書かれている。

新幹線においては、「正時を外して」乗客を振り分けることで、予約が平準化したとのこと。

会議などでは、開始時刻を「45分」などに設定すると、遅刻者が減り、生産性の向上につながるとのこと(ただし、正時を過ぎた5分や10分に設定するとかえって遅刻者が増えてしまうのだそう)。

時間は、必ずしも均一じゃない。小刻みに設定することで、時間意識が高まる。なるほど。

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