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2011年6月

2011年6月30日 (木)

原発事故があぶりだす、労働問題とムラ問題と政界

◇斎藤美奈子のタンカにしびれる。朝日新聞29日付「文芸時評」、「完結しない世界がある」。

「文学者の原発責任」について書いた斎藤氏のコラムを、ある執筆者(相馬悠々)が<ナイーブな発言である>と批判したことへの、反論。

相手の批判を要約して、次のように紹介。

「責められるべきは国と東電で国民は被害者だ、とする意見は<戦争責任を軍国主義者に押し付け、国民はだまされた被害者という戦後の図式と酷似している>という。原発が危険だという情報は溢れていたのに<多くの人は楽観視し、スルーしたのだ。そのことを自らの問題として考えないのは誠実ではない>と。」

それに対し、「いかにナイーブな斎藤でも自分に責任がないとは思ってないよ」とお断りしたあとに、さすがの貫録で斬り返す。

「ただ『自らの責任を問うことこそ誠実』とする相馬悠々の意見は『敗戦の責任は国民に等しくある』とした敗戦直後の『一億総懺悔』を思い出させる。それも<いつか来た道>じゃないのか。『責任』は自分にも問うけど外にも問わなければならない。そこを曖昧にしたら私たちはまた同じ轍を踏むことになる。だからみんな、それぞれの場所で格闘しているんでしょうが」。

きっちり批判を受けとめて、堂々と斬り返す。かっこい~。

でもその後に紹介される作品のなかには、読んでみて「ハズレ」と感じるものが多いのだ……。純粋に、文学的な嗜好の問題だとは思うのだが。

◇高橋源一郎も、やはり濃密な情報量と鋭い考察で、はずさない。朝日新聞30日付「論壇時評」の「原発と社会構造 真実見つめ上を向こう」

労働組合運動がなくなったことで、労働者が企業内で統合されてしまい、それが新しい格差を生んで原発事故の原因ともなったという木下武男の指摘の紹介には、衝撃を受ける。

「『労使癒着』によって『チェック機能の完全喪失』が生じたのである」

「『労働者』は『カイシャイン』になったのである。この『企業主義的統合』は、やがて新しい『格差』を産む。正社員は中間層として、下請け労働者を管理する存在となる。木下は、東電のある社員の『ラドウェイ作業(廃棄物処理)は、被ばく量が多いので請負化してほしい』ということばに、『企業内統合』の行き着く先を見ている」

それを受けての今野晴貴の「現代労働問題の縮図としての原発」という論の紹介。

「(もっとも危険な作業をする)下請け作業員は『農村や都市スラムから動員される』のだ。そして、彼らの姿は、『電力の消費地帯としての東京』からは見えないのである」

さらに、開沼博のフクシマ論を紹介することで、議論を<中央とムラ>の問題にまで、おし進める。

「確かに原発は一時の繁栄を『ムラ』に与えた。だが、結局は、『ムラ』を『原発依存症』にしただけではなかったか。気づいた時には、もう他の選択肢はなかった。ぼくたちに、そんな『原子力ムラ』のほんとうの姿は見えなかったのだ」。

最後の表現に、不謹慎だったら申し訳ないが、アヘンを中国に与えたイギリスの図、というのを連想してしまった。「気づいた時には、もう他の選択肢はなかった」―原発依存症は、アヘン依存症と似ているところがあるのだろうか。

ネット上の話題だったという宮崎駿の「菅首相へのメッセージ」、小熊栄二の原発デモでの挨拶、矢作俊彦の「鼻をつまんで菅を支持する」もそれぞれ見てみたが、各自の日ごろの立ち位置からの骨太なメッセージで、強い説得力をもって迫ってくる。とりわけ、矢作俊彦のツイッターには、多くのことに気付かされた。

http://togetter.com/li/153442

これだけのたっぷりな情報を整理し、それを読者にわかりやすく道案内するのはたいへんな作業だと思う。高橋氏に感謝。

にしても、「ネット上で話題になったこと」とされる話題が、いつも知らなかったことばっかりだ(苦笑)。

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2011年6月29日 (水)

<生>に絶対の価値を置けば、絶望に出会う

◇乗馬誌「エクウス」8月号にて「インディアンの自然観から学ぶもの。」というタイトルで、インディアンの死生観とそのファッションについてのエッセイを書いています。機会がありましたら、ご笑覧ください。

ちなみに、「ネイティブアメリカン」と呼ぶのが慣例になっているようだが、これは白人側が彼らを管理するという視点がはいった政治的用語で、「ネイティブ」側にとってはむしろ不快なのだという。彼らの方に想像力の重心をおいて、あえて「インディアン」と書いてます。

◇知人がFBで教えてくれた、富山新聞28日掲載の、青木新門「いのちの旅」。「絶対的な矛盾に出会う」という記事に、はっとさせられ、しばし考えさせられる。

青木新門さんは、かの「おくりびと」の原作者である。映画では、誇張が常とはいえ、納棺のシーンの演技が、現場ではありえないくらいオーバーだったそうである。

その映画の影響か、若い女性の納棺師が、大げさな所作で、90歳で亡くなった女性の顔に、白粉を塗り、真っ赤な口紅をつけた。夫である老僧は不愉快でたまらず、納棺師という職業を生んだ張本人たる青木さんに苦言を呈する。

青木さんが納棺の仕事をしていたころは、老人には化粧はしなかったという。葬送の意味や死者への思いやりがあれば、老人に赤い口紅など、若い納棺師が自分の仕事ぶりをみせつけたいという自己満足の表れでしかない、と。青木さんは書く。

「私が納棺をしていた昭和40年代には、枯れ枝のような遺体を見かけたものだった。人の死にも晩秋に枯葉が散るようなイメージがあった。

それが経済の高度成長期頃から点滴の針跡が痛々しいぶよぶよ死体となり、葬式の現場では、ご本尊中心の祭壇が遺影中心の祭壇に様変わりし、死者と遺族が語り合う場であったはずのお通夜が告別式のようになり、宗教の介入を拒むお別れ会や偲ぶ会が流行り始めた。

それは<生>に絶対の価値を置く思想のもたらした社会現象に他ならない。90歳の老婆への赤い口紅もその現象の延長線上にあるといっていい

死は忌むべき悪ではない。この考え方は、ナンシー・ウッドの「今日は死ぬのにもってこいの日」という本に書かれているインディアンの死生観にも通じる。生と死の大きな自然の循環のなかで、しばしの間生かされている、と自覚すれば、周囲の景色も違って見えてくる。

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2011年6月26日 (日)

「非常口」がない日常

パリ&ミラノのメンズコレクションの奇天烈な作品に笑う。

http://fashion.telegraph.co.uk/ (Bizzare Trend from Men's Fashion Week S/S 2012)

一方、

原子炉の現状に慄然とする。

http://www.youtube.com/watch?v=fjklBl0A9Kc

仕事としての新しいコレクション情報の収集。日々、のっぴきならない状況に加速がかかっていく原発のこと。矛盾するようだが、どちらも、生活というか関心のなかに共存して住み続けていて、もはや「日常」になっているというのが実感である。原発問題は、どうにかしたくても、無力感ばかりに襲われる。考え続けていてもどうにもならず、署名したってすぐには結果がよくなる話でもなく、能天気に見えようとも足元の仕事を地道に固めていくしか、時を過ごすすべがない。

そういう行き場のないもやもやを抱えていたところ、「ENGINE」8月号の鈴木正文編集長による巻頭コラムに出会い、じわ~と共感。

「(原発事故)は、数時間や数日や数カ月の忍耐によって霧消しないあたらしい危機だ。そして、僕たちのこれからの日々に常在する。(中略)逆説めくが、危機は常在するなら、例外的な瞬間でも例外的な現実でもない。非常ではなく通常になる。暗い映画館の扉のうえに点灯する『非常口』のサインを、僕は思い浮かべた。いま、僕たちの場所に、この明るい暗闇に、外部へと通じるグリーン・ランプの『非常口』はない」

「おなじ映画館の中で『非常口』を奪われた僕たちは、暗闇をさいわい、望めばこれまで見ずにすんだ隣人たちを、まじまじと見るだけでなく、かれらとともに生きていかなければならない。それは、避難所における集団生活に似るかもしれない。そうであるなら、隣人たちとの暮らしを、生きるに値するものにすることによってしか、僕たちはよく生きることができない」

この危機には、「非常口」がない。この現状のなかで少しでもよりよく生きることを考えるしかない。希望と絶望が共存するような発想だが、ああでもそれが現実なのだ。

でも、悲観するな、と無言で教えてくれる人がいる。

尊敬するジャーナリストのWさんは、癌と宣告されてからも、抗癌剤での治療を続けながら、精力的に明るく仕事や趣味に打ち込み、日々ますます周囲に勇気と刺激を与えている。Wさんは言うのである。「完治がない、逃げることができないなら、愉しもう」と。非常口のない現実との折り合いをつけつつ、最大限によく生きようとする姿勢を示し続けること。それがこの上なく尊いことであることを、Wさんは身をもって教えてくれる。

唐突に感じられるが、下の写真はWalter Van Beirendonckによる2012 S/S の作品。笑ってしまったのだが、いろいろと上記のようなことを考えてみると、「出口なしの閉塞空間で生きること」を暗に表現した作品だったのか?と思わず深読み。

Waltervan_beirendonck

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2011年6月24日 (金)

禁忌は発明の母

◇進研ゼミ高校講座の「受験My Vision」7月号。「18歳の教養学部」というページで高校生に向けて<ファッション学>について語っております。タイトルは<ファッション×言語>。万一、お目にとまる機会がありましたらば、ご笑覧ください。

◇ちょっと興味をひかれたスポーツウエア。名前がResportOn。スポーツ用のhijabである。「ガーディアン」6月6日付に掲載されていた。

Resportonsporthijab007

イスラム教徒の女性のために、スカーフ一体型スポーツウエアとしてデザインされたそうである。デザインしたのは、イラン生まれでフランス系カナダ人のElham Seyed Javad。 Tシャツとフードが一体になったようなデザインで、首の後ろが開くようになっており、髪を調節できる。

タグにつけられたコピーが、"Be yourself.  Unveil your performance."(「あなたらしく。力を見せつけて。」)

イスラム教徒でなくても、首まわりを日焼けしたくないとか、長い髪をなんとか邪魔にならないようにしたいという屋外スポーツ時に便利であろうと思われる。実際、そういう需要あって、イスラム教徒ではない女性や、髪が長い男性からの注文も受けているとのこと。

タブーはデザインの母、と感心。

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2011年6月23日 (木)

当事者の生な思いを、海外へ

◇福島原発の事故をめぐり、日本で発せられている生々しいことばを、海外へ届けようとするツイッター出版プロジェクト。知人がボランティアとして関わってきたので、ご案内します。

Save Fukushima, Save Our Future。

英米独AmazonからeBookとして刊行されました。収益は、全額寄付されます。

http://bit.ly/jnjiYM 

日本国内では活発に生々しい声が飛び交っているのだけれど、海外の方からは、ことばの障壁があるために、「日本人がなにを考えているのかよくわからない」と思われがちなところがあります。それを打破し、当事者の生々しい思いを、海外で応援してくださっている方々によりダイレクトに理解してもらおうという試みでもあります。

英語圏のお知り合いの方に、ぜひ。

◇伝説的に語られていたJR九州新幹線全線開業CMがカンヌ広告祭でゴールドライオン賞他を受賞の報。やはり何度見ても心が洗われていくような思いがする。シンプルで直球風な作りでありながら、人々の反応がきめこまかく違っていて、その一瞬の表情、しぐさ、たたずまいに、いちいち人々の生活背景を想像してしまって、ジーンとくる。祝!

http://www.youtube.com/watch?v=leG1I8GOW1Y

◇祝!ついでに。毎回、みぞおちにズシンとくるドラマを見せ続けてくれる「マッドメン」と主演のジョン・ハム(ドン・ドレイパーですね)、そしてあのウルトラカーヴィー美女、クリスティーナ・ヘンドリクスが、Broadcast Television Journalists  Association が選ぶベストドラマシリーズ賞、主演男優賞、助演女優賞を受賞したという報。

http://www.usatoday.com/life/television/news/2011-06-20-critics-choice-awards-television_n.htm

この写真のジョン・ハムは、ヒゲぼうぼうで別人感もあるが……。ひょっとして今アメリカでオンエア中の話はこういうヒゲが必要な設定なのか?などと思ったり。早く続きが見たい。ポニーキャニオンさん、シーズン4のDVDボックスを一刻も早く発売してくださ~い!

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プレッシャーによるトリプルアディクションが生んだ「抜け殻」の罪

「民族・信仰・出自を公然と侮辱した」(=ユダヤ人差別発言をおこなった)かどで訴えられているガリアーノの裁判が、パリで昨日おこなわれ、そのリポートが各紙ファッション欄に一斉に掲載されている。以下、数紙から抽出した概要を大雑把にメモ。

もしこの訴えがみとめられれば、6か月の禁錮刑と2万ポンドの罰金が科せられるはずだった。が、この日は7時間におよぶヒアリングののち、3人の判事は9月8日まで判決を保留することにしたという。

ガリアーノは、バーでのユダヤ差別発煙に関しては、「まったく記憶していない」と答弁。というのも彼は、経済的・感情的なプレッシャーにぎりぎりまで押しつぶされ、アルコールとヴェイリウム(精神安定剤)と睡眠薬の三重中毒に陥っていたから。

ネットに流れてしまった例の「アイ・ラブ・ヒトラー」事件に関して、ガリアーノはあの動画に写っている人物は「自分の抜け殻」でしかない、と主張。「あの男はジョン・ガリアーノではない。あれは限界まで追い詰められているジョン・ガリアーノという男の、抜け殻だ」と。2005年に彼の父が亡くなり、2007年に親密な友人が亡くなった後、彼は巨大なプレッシャーにさらされてきたと告白。ディオールのための休みない仕事を続けるため、精神安定剤と睡眠薬を大量にとりはじめた。

「クリエイティブ・ハイの後は必ず、ひどく落ち込み、そのたびにアルコールの助けを借りてきた」とガリアーノ。その過程で、ディオールに巨万の富をもたらしてきた、とも。

ガリアーノは、ユダヤ人差別発言は、こうしたプレッシャーによる三重中毒がもたらした別人格が言ってしまったことで本心から出た言葉ではないことを強く主張。ただ、こうした行為がもたらした混乱に対しては謝罪をしており、アリゾナのリハブで治療を受けてきた。

……というわけで、判決は9月まで保留になったが、「ただの酔っぱらいの言い訳」とはとても思えない重たさ、切実さが伝わってくる。この人自身が、どっちかというと、差別と闘ってきた人なのだ。モードのサイクルは早すぎる。デザイナーをここまで追い詰めるほど早く回して、誰が幸せになるんだろう? (社長だけ?) 天才にもう一度、適度にゆとりのある環境でよい仕事をしてもらいたいと願っているファンは世界中にいるはず。これでつぶされてしまわないことを祈る。

ディオールに空いた穴のあまりの大きさを示すかのように、次のデザイナーがまだ決まっていない。アズティン・アライアにオファーが来たが、プレッシャーの大きさに断ったという(ガーディアン報)。アライアは加速する一方の容赦ないスケジュールに対して、公然と批判しており、ショウをやめて自分のペースでビジネスをしている。

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2011年6月22日 (水)

定番服とファッションアイコンの緊密な関係

真夏日の仕事の合間には、眼福本でほっとひといき。 'Icons of Men's Style'  by Josh Sims. Laurence King Publishing から出たばっかり。josh Simsは英国各紙のファッション欄でよく名前を見かけるライターである。

ブルゾン、ワックスジャケット、フライトジャケット、トレンチ、ジーンズ、カーゴ、ローファー、デッキシューズ、ボクサーショーツ、ブレザー、ツイードジャケット、ボタンダウンシャツ、ランバージャケット、などなどのメンズの定番アイテムが、「やはりこのアイテムといえばこの男だろう」という直球どまんなかのアイコン(映画俳優だったりスポーツ選手だったり貴族であったり戦士であったり)がそれを着ている写真で紹介される。

ブレザーといえばジョージ5世。ツイードといえばジェームズ・スチュアート。ハワイアンシャツといえばトム・セレック。レイバンにトム・クルーズ。といったべたべたの王道も悪くないし、

パナマハットにミック・ジャガー。Yフロントのパンツにマイク・タイソン。ボンバー・ジャケットにフランク・シナトラ。という意外性もまたよし。

マニアックにはずしていくことがかっこいいと思われているフシもあるけれど、このように世界中のだれもが「ついていける」ような定番ワールドが確固としてあるということが、メンズファッションの強みにして面白さでもあることを、あらためて実感する。

定番アイテムの輝きを永遠にするのは、一時であれ時代の波長をリードしたようなアイコンたちで、彼らは没してのちも永く、そのアイテムとともに記憶のなかに生き続ける。古びることなく。つまり、定番服とファッションアイコンは相互に引き立てあって生き続けている。

.序文より。'Men's styles are variations on a recognizable, well known theme, rather than a new score altogether.'

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2011年6月21日 (火)

「月光が織り込まれた布」を生む青い花

「サライ」連載記事のため、日本橋の「帝国繊維」さんに取材。今は一年のうちでリネンがもっとも売れるときらしく(お盆を境に需要が下がるのだという)、お忙しいようであったが、アイリッシュリネンにまつわるお話をたっぷりとていねいに教えていただいた。ありがとうございました。

リネンの原料になる植物、フラックスの花が咲くのが、ちょうど今の時期、6月から7月初旬。

Flax_flowers

朝7時ごろから咲きはじめ、11時には散ってしまう。つまり、花は午前中しか見られないのだという。一面のブルーの花畑はさぞかし美しいことだろうと想像。

リネンはこの植物の茎からつくる。手を加えられて、さまざまな製品となる。詳しくは8月発売の本誌にて。

帝国繊維さんは、かつて消防のホースをつくっていたことから、いまは消防車もつくっているばかりか、あらゆる種類の防災用品をあつかっている。繊細なリネンと消防車が並んでカタログにのっているさまはシュールな感じがしたが、起源を聞けば納得。

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2011年6月18日 (土)

「モデスト・ファッション」市場の拡大

信仰のために「慎み深い」服を着たいという女性のためのオンラインマーケットが成長している、という記事。英「ガーディアン」16日付、Faith-based fashion takes off online.

調査をすすめているのは、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションの教授、レイナ・ルイス。

英国における話ではあるが、若い今どきのムスリムの女性は、消費社会のなかで育ってきており、いわゆる伝統的なエスニック服を着ない。信仰に基づいたモデスティ(慎み)を表現することも必要だし、消費文化のなかではぐくまれてきたそのほかの側面も表現したい。

一口に「慎み」といっても、その度合いは宗派によって異なる。顔と手と足以外はすべて覆わなくてはならない宗派もあれば、それよりゆるやかな規定の宗派もある。

調査においてはわかったのは、新しい「モデスト・ブランド」が、本来のターゲットである宗派のグループを超えて支持を拡大していること。ネットビジネスにおける新しい市場、だそうである。

(記事の概要は以上。以下、勝手なつぶやき) 厳しい信仰を生活の中心にもつ文化は、インターネットビジネスなどには無縁というような偏見があったが(反省)。でもやっぱり、ネットビジネスが宗派による服飾文化上の微細な差異を地ならししてしまう、という現象には、そこはかとなく釈然としない思いも残る……。

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自転車も、アクセサリー(?)

ニューヨークの朝の通勤風景からピックアップされたメンズストリートファッション。半信半疑ながら(笑)、眼福もの。「ニューヨークタイムズ」。

http://www.nytimes.com/imagepages/2011/06/19/fashion/19STREET.html?ref=fashion

ドメニコ・スパーノ氏のサービス精神が楽しい。色彩の組み合わせが美しいばかりでなく、ツートンカラーの靴、帽子にひげにポケットチーフ、首元はボウタイ、どどめが生花のブートニエール。やはりただものではなく、バーグドルフやサックスのメンズカスタム部門の責任者を務めた後、いまウエスト57thストリートに自分の店を持っていらっしゃる、とのこと。

赤い自転車をもって「歩く」、さっそうとしたビジネスマン。これは移動手段かアクセサリーか?という記者のツッコミに共感の笑い。

若い世代のさりげない通勤スタイルも、なかなか。

こうやってストリートスナップにおさまるのは、ごくごく一部の、限定的な職種のファッショナブルな方々だけであろうと思うが、「他人の目をもてなそう」としている装いの男性(女性もだが)と朝あいさつを交わせば、一日気分よく仕事ができそうな気がしてくる。ニューヨークのこの時期とちがって、湿度高くムシ暑い日本ではその難しさもひとしおではあるが。

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2011年6月15日 (水)

何も考えてない常套句なら、言わないほうがいいことば

励ましたいのだが、どう声をかけていいのかもわからない、ということが多々ある。一緒に行動できないならば、偽善的なことばなど、かえってしらじらしく聞こえてしまうのではないかと危惧する。でも、少しでも励みになりたいという思いもウソではない。

被災地で日々闘っている人たち、職を失って、あるいは得られなくて絶望しかけている人たち、重い病気と闘っている友人や知人。

「ニューヨーク・タイムズ」に、<病気と闘っている人に対して言ってはいけないことば>に関する記事があった。10日付。'You Look Great' and Other Lies. 大雑把に概要をメモ。

言ってはいけないフレーズ、6つ。

1.What Can I do to help you? (患者はそんなこと聞かれたってぜったいに言わない。だまって冷蔵庫掃除してあげるとか、電球変えてあげるとか、さっさと行動しなさい)

2.My thoughts and prayers are with you. (何も考えてない常套句でしかない)

3.Did you try that mango colonic?  (レイシとか、紅茶きのことか、スピリチュアル系の水晶とか、そういうのを勧められても、困るわけだ)

4.Everything will be O.K. (医者の診断や現状と違うことを、部外者に調子よく言われてもなあ・・・)

5.How are we today? (身体が不自由になった患者だからってコドモ扱いするな)

6.You look great. (そう言われれば言われるほど、顔色はよくないのだな、と実感するのが患者)

逆に、言ってもらったらうれしいかもしれないこと、4つ。

1..Don't write me back. (お礼状とか返事はいらないから、と言われると気がラクになる)

2.I should be going now. (見舞いは20分以下、すみやかにゴミを持って帰ること)

3.Would you like some gossip? (病気の話には飽き飽き。病気とは全然関係のないゴシップって、けっこう楽しい)

4.I love you. (本心からこう言ってもらうと、やはり最高のパワフルギフトになる)

相手の性格にもよっても、関係によっても、状況によっても異なってくると思うが、想像力をどのように働かせるべきかという参考にはなった。逆の立場になれば、同じ常套句をくりかえしくりかえし言われるとたしかにゲンナリするだろう。「心よりお見舞い申し上げます」って、ただ冒頭に書いておけばいいってもんじゃない。形式的な、「自分は礼儀正しい人である」アピールをするためだけのお決まりのごあいさつ文としてなら、もう使うまい。

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2011年6月12日 (日)

Quis separabit?

◇帝国ホテル広報誌「IMPERIAL」第76号。ロイヤルウェディングの世界について書いています。写真がかなり豪華です。機会がありましたら、ご笑覧ください。

字数の関係もあって誌面では割愛せざるを得なかったケンブリッジ公ウィリアムの新郎姿について、ひとことメモ。

青いサッシュベルトをかけた赤い軍服は、彼が名誉職をつとめるアイリッシュ・ガーズの制服。帽子には、アイリッシュガーズの記章がついているが、そこには連隊のモットー、"Quis separabit?"が記されていた。英訳すると "Who shall separate us?"(だれが私たちを別れさせることなどできようか?) 結婚式にはこれ以上ないくらいぴったりのモットーだった。

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2011年6月11日 (土)

「弱き人が弱き人を助ける」

稲川實・山本芳美『靴づくりの文化史 日本の靴と職人』(現代書館)。発刊ほやほやの本。世界における靴の歴史+日本における靴づくりの歴史+現在の日本の靴づくりのさまざまな現場を取材したリポートから構成されている。

とりわけ現在の日本の靴づくりシーンが、綿密な取材に基づいていて、いまの日本のものづくりの状況が具体的にわかる。昨年、オーダーメイドの靴職人の山口千尋さんとファンタスティックなアートピースをつくる串野真也さんを大学にお呼びしてお話をしていただいたことが、まだ記憶に鮮烈に残っていたこともあり、なぜいま日本の若者の間で靴づくりブームなのか? と考えさせられる(答えはまだ出ないが)。

業界用語、専門用語も新鮮。合番。遊び。めつぶし。青底。サクい。

「英国靴VSイタリア靴」みたいな記事を、それぞれの背景まで考えずに軽々しく出してしまう雑誌に対する批判も、チクリ。

靴づくりの表層的な面ばかりではなく、「弱き人が弱き人を助ける」という、町の片隅で黙々と働く職人のあり方にもきちんと目を向けている。

共著なので、本としての統一感に欠けるフシもあるが、逆に、だからこそ予期しなかった箇所に「意外な」情報やストーリーをえられるお楽しみもあり。読む人の必要に応じて、参考書としても、日本近代史としても、稲川氏の個人史としても、靴業界内情報としても、読むことができる。日本の靴づくりに関する本はあまりなかったように思うので、こういう本が出ることはとてもうれしい。現場で働く方にとっても励みになると思う。

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2011年6月10日 (金)

60年間批判ゼロの「英国紳士スタイル」の秘密

6月10日に90歳の誕生日を迎えたエディンバラ公フィリップ(エリザベス女王の夫君)。そのスーツスタイルをたたえる記事が、英ファイナンシャルタイムズに。6月3日付、Regally restrained. 記者はマンセル・フレッチャー。

女王と結婚後、60年間の間、「公人」として人前に出てきたフィリップ殿下だが、その外見がなにか批評の対象になったことは、一切なかった。慎み深く、謹厳で、威厳もある。理想的なビジネススーツのモデルとなり続けてきた。シングルのグレーか紺のスーツ、白か淡いブルーのシャツ、シルクのタイと黒い靴、唯一の「装飾」がきりっと折りたたまれた白いポケットスクエア。

完璧に抑制のきいたユニフォームでなんの批判も受けない、ということで、このスタイルは現政治家にも継承されている。デイヴィッド・キャメロン、バラク・オバマ、トニー・ブレア、ニック・クレッグはみな同様のスタイル。サヴィル・ロウのテイラー組合のチェアマン、マーク・ヘンダーソンはこのようにコメント、「フィリップ殿下の装い方には、最高にすばらしい、目立たぬ賢さがある(There is the most wonderful low-key smartness about the way he dresses)」。

殿下のスーツを少なくともここ45年間つくっているのは、Kent, Haste & Lachter のジョン・ケント。1960年代に、ケントがHowes & Curtis にアンダーカッターとして加わり、殿下のトラウザーズをつくったことからご縁が始まる。1986年にケントが独立したあとも殿下のテイラーであり続け、昨年、ケントが現在の会社をはじめたときにはすぐにロイヤルワラントを取得した。殿下の好みは渋め。「シングルのジャケット、フロントは2つボタン、カフスは4つボタン。ベントなし。ポケットにもフラップなしで玉縁かがりのみ。トラウザーズはクラシックでプリーツはあってもバギーなし」。

この40年間の間、メンズファッションは激動期でもあった。ロックンロール、ヒッピーカルチュア、ニューロマンティックを経てヒップホップへという流れがあった。スーツにおいても、アルマーニによる「デコンストラクション」があり、ヨウジ・ヤマモトによる再構成があり、ヘルムート・ラングやエディ・スリマンによる革新を経て、トム・フォードによる70年代風ルネサンスがあった。こうしたあれこれの騒動を横目に、殿下のスタイルで変わったところといえば、トラウザーズのカットをスリムダウンしたことと、ラペルを少し長くしたことだけ。

こうしたパパの厳格さを見て育った長男のチャールズ皇太子は、ちょっとダンディ入っている。ソフトショルダーのダブルを好み、ポケットチーフもカラフルだしパフって入れたりしている。この父子関係は、オーソドックスを好んだジョージ5世の好みに反して、ど派手なスタイルセッターになってしまったウィンザー公との関係を思わせる。

「殿下はカジュアルをお召しになることがあるのか?」という質問に対し、彼のテイラーはちょっと間をおいて、ドライに答える。「熱帯にお出かけになるときには、軽量のコットンスーツをおつくりしました」。

マーク・ヘンダーソンの締め、「多くの点で、殿下は典型的なブリティッシュ・ジェントルマンであり、スタイルは永遠であるということを私たちに思い出させてくれる」。

……以上が記事のおおざっぱな概要。ジェントルマン気質とダンディ気質は、常にささやかに対立しつつ共存していくものであること、あらためて感じ、にやっとさせられる。殿下のような典型的なブリティッシュ・ジェントルマンがかたくなに「模範」を示し続けてくれるからこそ、アンチテーゼとしてのメンズファッションがおもしろくなってくるのだ。フィリップ殿下、90歳のお誕生部おめでとうございます!

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赤いソールに独占権はあるのか?

◇「サライ」7月号発売です。連載「紳士のものえらび」でトラヤ帽子店のパナマ帽について書いています。機会がありましたらご笑覧ください。

今月号の特集は「美術の見方」。東西の名画がたっぷりなうえに、デスティネーション美術館の紹介も多数。「ベネッセアートサイト直島」とか「霧島アートの森」とか、名高い「自然のなかの美術館」がきれいな写真とともに紹介されているので、しばし脳内旅行も楽しめる。

◇5月の「ニュース」だけどメモ。「赤いソール」のクリスチャン・ルブタンが、YSLに対して4月、訴訟を起こしていた。それに対し、YSLが反論という記事。5月25日付、英「インデペンデント」、You don't have sole right to red soles, YSL tells Louboutin. 記者はスザンナ・フランケル。

ルブタンは、90年代のはじめに、ネイルラッカーで靴底を赤にすることを思いつき、それがステイタスシンボルとなった、と主張。

YSLは、ルブタンには独占権はない、と反論。赤いソールは70年代くらいからちらほら作っていたし、そもそも歴史をさかのぼれば、17世紀のルイ17世の靴底も赤だし、「オズの魔法使い」のドロシーを家に連れて帰った靴もルビーレッドだった、と。

ルブタンは、YSLが「ほとんど同じ」シグニチャーソールをコピーしたことに対し、YSLに62万ポンドの損害賠償金を要求。ルブタンは40か国で50万足以上を売り上げており、2008年にUS特許庁から特許を受けている。

YSLのオーナーはPPR。こっちも強力な弁護士を用意してくるだろう。この決着はどうなるのか、Let's see.

日本でも靴底をピンクに塗ったりしているブランドがありますね。赤以外の色だったらOKなんだろうか?とか、グローバルブランドでないところ(ルブタンと競合してないところ)だったら大丈夫なのか?とか、あれこれ考えさせられる。

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2011年6月 8日 (水)

洪水により、スーツの価格が上昇

◇JA(ジュン アシダ広報誌)2011年秋冬号、発行になりました。「ともに大胆に道を切り開こう」というタイトルでエッセイを寄稿しています。機会がありましたら、ご笑覧ください。

秋冬コレクションが発表されるはずだった3月中旬~下旬には、震災の影響で、多くの日本のファッションブランドがコレクション中止を余儀なくされた。でも、このピンチが逆に、情報を動画配信するという新しい試みを普及させる契機ともなった。ARとかいう(この仕組みがIT音痴の私にはいまいちよくわからないが)新しい試みに踏み出したブランドもある。

生のランウェイの迫力にはかなわないとはいえ、何度もくりかえし高画質の動画で作品を見ることができるのは、うれしいことでもある。

ジュンアシダ、ミスアシダのコレクションも、動画配信中。

http://www.jun-ashida.co.jp/

美しいものを見ると、やはり心がうるおいます。

JA誌には何年か寄稿させていただいてきたが、今号の完成は、震災後のスタッフの苦労を(ちらりちらりとだが)うかがい知っていただけに、ひときわ感慨深い。「いつもと同じように」仕事の成果をアウトプットし続けることができるということは、ほんとうに貴重で、「ありがたき」ことだ。

◇バタフライエフェクトで、スーツの価格が上昇するという記事。英「インデペンデント」7日付、Soaring wool prices make suits a luxury、 記者はトム・ペック。

世界最大のウールの産地、オーストラリアで先週、ウールの価格がキロあたり14.85ドルという数字を記録。今年初めにクイーンズランドとヴィクトリアを襲った洪水により多大な損害が出て、ウールの生産量が激減したためらしい。グローバルに見ても、ウールの生産量は、過去85年間のなかで最低レベルとのこと。

中国の富裕なビジネスマンが増え、ウールのスーツの需要が高まっていることも、価格上昇に貢献しているという。

日本のスーツの価格への影響はいかに。テイラーのみなさん、ぜひ教えてください。

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