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2011年2月

2011年2月27日 (日)

うまい似顔絵のコツ

次男をダシにして応募した「リリー・フランキーのイラスト講座」、応募者多数ということだったが運よく当選、「保護者」として参加する@慶応義塾大学日吉キャンパス、ワークショップ・コレクション。

「生徒」は21名ばかりの小学生。それぞれが作文を書き、それに合わせたイラストを描く。ひとりひとりの作品が、リリーさんのコメントつきで紹介される2時間のワークショップ。

リリー先生が登場したとたんに空気がほんわかとなごむ。保護者席(リリーさんの言葉を借りれば、「おかあさんち」)の熱気がすごかった。やはり応募するのは(私も含め)、リリーファンの保護者だから当然か。

いい文章のコツ、というリリー先生の指導――「本当に思っていることを書きなさい。きらわれてもいいし、お母さんにおこられてもいいから、本当のことを書く。人にこう見られたいとか、こう思ってもらいたいとか、これを書いたら売れないだろうな、とかいうよけいな思いが入ると、つまらなくなるんです。こんなものを書いたら恥ずかしい、くらいのほうがちょうどいいんです。そもそも表現をするとは恥ずかしいこと。恥ずかしいことを書くからこそ、いいんです」

「書くことがないひといますか? 書くことがない人は先生といっしょにタバコすいに行きましょう」などなど、ぼそっとつぶやく何気ないことばにいちいち爆笑していたのが「おかあさんち」(おとうさんも大勢いらっしゃいましたが)のほうで、生徒のほうは「なにがおかしいのか?」という顔で、けっこう真剣にとりくんでいた。

うまい似顔絵のコツ、というリリー先生の指導――「だいたいがね、似てるのか似てないのかわからない顔になります。ほらね。そういうときは、絵の隣にその人の名前を書くんです。<ハマ>とか。プロはさらにそこに矢印を入れます(といって、名前から顔のイラストに向かって矢印を入れる)。そうすると、その人だってわかります」

かなりオトナな裏ワザの指導である。っていうかそれ、リリー先生じゃなかったらサギじゃん(笑)。

作品一つ一つに対するコメントにも、笑いと愛情があふれていた。ほめてるのか茶化してるのかわからないコメントも多々あったけれど(「このミッキーはカダフィ大佐みたいだね」とか)、最後は必ず生徒のキラリと光るところを見つけて、勇気を与えて作品を返してくれる。「遅刻ぐらいで腹を立てる友達はほんとうの友達じゃありません」という楽屋オチのコメントもぴょんぴょん出てきて、やはりそういうのは「おかあさんち」だけでウケていた。

最後は、リリー先生も予定外だったみたいだけど、ひとりひとりの似顔絵を、サイン入りで描いてプレゼントしてくれた。予定時間を大幅にオーバーして。リンパ腺が腫れているとかで、体調は必ずしもよくなかった様子なのに、一人として手抜きはなかった。誠実な方である。

どさくさにまぎれて「エコラム」にサインしていただく。「こんな下品な本を読んでくださってすいません・・・」と言いつつ、おでんくんのイラストつきのサインを書いてくださった。「おかあさんち」のひとりとして、リリー先生の人柄にふれた楽しい時間だった。ありがとうございました。

Photo_2

写真は、「イラストは紙からはみだすくらいのつもりで描きましょう」と教えるリリー先生。

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これを「絆」と呼ぶのなら

ポン・ジュノ監督『母なる証明』DVDで。キム・ヘジャが母、ちょっと知的に障害をかかえるらしいその息子をウォンビン。

殺人事件の容疑者にされた息子の無実を信じ、警察も弁護士も頼りにならないなか、たったひとりで真犯人捜しを続ける母。感動的な母子愛のお涙もの……になるのかなとうっすらと予想していたら、まったく想像もできなかったとんでもない結末に鳥肌が立った。

ジュノ監督は、モラルも安い感動もけちらしたその先の、壮絶な「真実」の向こう側を描こうとしている。母は息子に知的障害を与えたことに負い目を感じ、一心同体となってひたすら寄り添い守り抜こうとすることで愛する。息子は何も考えていないように見えて、実は本能的にそのあたりの母の弱みを熟知していて、何をやっても母が守ってくれることに依存している。

これを「母子の絆」と呼ぶのなら、絆は美しいどころではなくて、むしろ恐ろしいくらいだ。離れることができないからこそ、その二人の間にしか生まれえない闇も生まれる。人間の真実はこわくて哀しくて切ない。安易な感動などよせつけない。久々に、「凄い…」と思った映画。

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2011年2月26日 (土)

モダン&バロックなローズの精華

◇「25ans」4月号発売です。まんがブランドヒストリー第一回「LANVIN物語」の最後に、ランバンというメゾンについてのエッセイを書いています。機会がありましたらご笑覧ください。柏屋コッコさんによるまんがはなかなか面白く、クスクス笑いながらコンパクトにランバンの歴史と今を学べる。ブランドヒストリーに関心のある方には(そうでない方にも入門編として)、おすすめ。

同誌の木村孝さんエッセイに深く共感。「私は年代が高くなってから、ひとつひとつの仕事を、与えていただいたことに感謝し、これが最後の仕事かもしれない、という気持ちで臨むようになりました。悲壮感からではなく、一回の仕事にベストを尽くそう、という思いからです」

90歳を超えても仕事を続け、社会に求められ続けている木村孝さんや、堀文子さんのような方が活躍していらっしゃるのは、ほんとうに勇気づけられる。

◇ガリアーノ情報、その後は暴言だけでなく「暴行をはたらいた」とかの情報もでてきて、錯綜しているようだ。シドニー・トレダノ(ディオールの社長兼CEO)もベルナール・アルノー(LVMHの会長兼CEO、ディオールはここの傘下にある)も、非情なところがあるが、最終的に、ガリアーノがうまく社会復帰できることを祈る。

◇春に向けてのフレグランスやコスメが続々登場している。春の到来を感じさせるフレグランスとしては、ゲランの「チェリーブロッサム」をはじめ、「さくら」系が定番化しているなか、今年はあのジョー・マローンからも「さくら」が。

新作フレグランスをいくつか試香してみて、心が動かされたものの一つ。「パルファン・ロジーヌ パリ」から、創立20周年記念の限定版として発売される、「ローズ・ド・ロジーヌ エクストレーム」。

堂々とした、バラの王者といった風格。ローズ専門に作り続けているこのブランドの総力を結集した決定版といった印象で、作り手への敬意を表したいと思った香水。

トップにはバイオレット、ジャスミン、イリス、イランイランなどが優しくフェミニンに香り、ミドルでさまざまな産地のローズアブソリュートがオレンジの花とともに香る。これがもう、目が覚めるようなゴージャスな華やかさ。春がきた!と心を持ち上げてくれるような力を感じる。

モダン&バロックなイメージは、ボトルからも。総ゴールドで、手作りのシルクタッセルが優雅なあたたかみを添えている。

Rose_de_rosine

Extreme

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2011年2月25日 (金)

ガリアーノの「反ユダヤ的暴言」

懸案の原稿を2つ、精魂こめて書き上げてぐったり脱力していたところ、ジョン・ガリアーノ逮捕(?)のニュースが飛び込んできた。木曜夜、パリのマレー地区で大酒を飲み、ユダヤ人カップルを侮辱するような暴言を吐いたとのこと。

ディオールのボス、シドニー・トレダノは冷たい。「反ユダヤ人的な発言、態度は断固として許さない。取り調べの結果が出るまでは、ガリアーノを仕事に就かせない」と即表明。

ステージでのロックスター的パフォーマンス上手の彼は、バックステージではシャイなことでも知られる。いったい具体的にどんな暴言を吐いたのか?

あるニュースサイトには、英語でこんなふうに言ったとラジオで引用されていた、とあった。: "Dirty Jewish face, you should be dead" and "Fucking Asian bastard, I will kill you."

ガリアーノの弁護士は容疑を否認。とはいえ、ガリアーノは相当酔っぱらっていたというから、本人は「覚えがない」のもムリはない・・・。弁護士は逆に、このような容疑をかけられたことに対して訴訟をする、と強気。

3月4日にディオールのショウが予定されている。ガリアーノなしのディオールなど考えられない。どうなるのか。

ガリアーノが言ったとされる暴言を読んでいて、ひっかかったこと。こんな種類の言葉は、日本ではその辺の居酒屋なんかでけっこう耳にする。へたするともっとひどい暴言がシラフのまま駅員に向かって投げられていたり、教室で生徒が教師に向かって言っていたりする。それって日本だと逮捕の対象にならない(逮捕されたことを聞いたことがない)と思うが、フランスだと(実際に暴力をふるわなくても)暴言だけで罪になるのだろうか? 

それとも、同じ民族どうしで暴言を投げつけていたらOKだけど、相手がユダヤ人だったから「人種差別的な攻撃をした」ということで逮捕の対象になったのだろうか? 人種差別に敏感なところだから、どうもそうらしいのだが。

知らないことが多すぎる。だれかフランスの法律に詳しい人、教えてほしい。

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2011年2月21日 (月)

Hair matters.

◇衆議院予算委員会での稲田朋美議員の前原大臣に対する質問にしびれた。感情的になることなく、ひるむことなく、確信をもって、正確に誰もが理解できることばで、冷静にじわじわと相手を追い込んでいく。見事。友人に大の稲田朋美ファンがいて、昨年秋の「大演説」を動画で観ろ、と教えられて以来、その弁舌の迫力に驚き、動向を注目している。私は「右」でも「左」でもないし、どの党派にも属していないが、稲田議員には、人としてなにか強くひきつけられるものがある。

◇英「ファイナンシャルタイムズ」18日付に、女性政治家のパワードレッシングに関する記事あり。書いているのはヴァネッサ・フリードマン。発売されたばかりのRobb Young によるPower Dressing という本のダイジェストの紹介。本は注文したが、もうしばらく届かないみたいなので、このダイジェストからおもしろいと思った部分に関する感想をメモ。

・ドイツのメルケル首相のバービー人形が作られていた! 調べてみると2009年のおもちゃフェアで出品されたらしい。バービーはいつだって女の子のロールモデルである。「首相」もまた、現代の女の子の選択肢の一つになったということだ。にしても、メルケルのバービーは実物とはちょっとだけちがって(失礼)、スリムでかわいい。

・ヒラリー・クリントンが、ロースクールの講義で髪型の重要性の話をしていた! ポーカーフェイスでこんな話をして、聴衆を唖然とさせていたという。「今日私がみなさんにお伝えしなくてはならないもっとも重要なことは、髪型がとてもモノを言う(hair matters)、ということです。私の家族は、そんなことを教えてくれませんでした。ウェルズリーもイエールのロースクールもです。あなたの髪型は、周囲の人にメッセージを発します。髪に注意を払いなさい。なぜなら他人がみんな髪型を見ているからです」

ヒラリーは髪型を変えるたびに、またファッションを変えるたびに、あれこれと書きたてられてきた。よほど身にしみているのか。

ほかにもマーガレット・サッチャーやサマンサ・キャメロン、ミシェル・オバマ、ユリア・ティモシェンコ、など。それぞれ興味深いダイジェストだが、本が届いたらオリジナルの文をじっくりと読むことにする。

政治家は最終的には言葉である、と思う。でも言葉以前に、ビジュアルな情報が饒舌にその人を語ってしまうこともある。しょうもない、と感じながらも事実である。それを逆手に取って計算高くビジュアルの戦略をする政治家がいるが、そういうのはたいてい、見透かされる。民はそれほどはバカじゃない。考えがなさすぎるのもマズイし、考えが露見すると鼻白む。政治家の装いは、とりわけ女性政治家となると、ほんとうに難しいと思う。

稲田朋美は「言葉の人」である。とくに外見でなにかを主張しようとしていないビジュアルがいい。赤い勝負服を着たり白いジャケットでアピールしたりという小手先の服装戦略にごまかされるほど国民は能天気じゃないことを知っている、という印象。稲田議員はぱっと見、どちらかといえば地味なのだが、なにげなくリボンがついたジャケットを着ていたり、髪がゆるくカールしていたり、ほどほどにフェミニンな演出がほどこされている。それが硬派な言葉&筋の通った態度といい具合にバランスをとっている。

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2011年2月20日 (日)

教師ブルー・レイン

◇中国の「端麗」連載、4月号のお題は、この春いちばんのトレンド、「カラーブロッキング」。レゴのブロックのように大胆ポップなカラーを重ねたりする、色を主役とするスタイル。実際にアリか?とずいぶん考えていたが、イギリス女王エリザベス2世が元祖カラーブロッカーであった。一時期のヒラリー・クリントンも。詳しくは本誌にて。中国ご出張等の折に機会があればご笑覧ください。

◇DVDで「プレシャス」。アメリカの貧困層の家庭(といえるのか?)で、ありえない虐待を受け続けてきた16歳の女の子が、ひとりの教師ブルー・レインと出会い、クラスメイト、看護師、ソーシャルワーカーと接していく中で生きる希望を見つけていく。

涙と怒りなしでは語れないような凄惨な虐待や不幸がこれでもかと続く。父親の子を二人も生むはめにさせられる、という「犯罪!」以上にやるせなかったのが、母親による「食べさせ、肥満させて醜くしてやる」虐待。娘を獣のような父親から守るどころか、「自分の男をとった」と嫉妬し、食べたくないといっても食べさせる。それで女の子は異様に太っている。母は生活保護を受け取るためにウソをつきまくり、働こうという気はみじんもない。「おまえなど誰も必要としない」と娘に暴言を吐き続ける。こんなことできる人間がほんとうにいるのか?というレベルのすさんだ行為の数々。プレシャス(宝物)という名前がいっそう切なくなる。

プレシャスが不運のどん底のなかでブルー・レインに気持ちをぶつけたときの、二人のやりとりが、プレシャスの転機ともなる映画のハイライト。

Precious: Nobody loves me!

Ms.Rain: People do love you, Precious.

Precious: Please don't lie to me, Ms. Rain! Love ain't done nothing for me... but beat me... rape me... call me an animal! Make me feel worthless! Make me sick.

Ms.Rain:That wasn't love, Precious. Your baby loves you.  I love you!

「愛される」ということが「殴られ、レイプされ、ケダモノ呼ばわりされること」でしかなかったプレシャス。つらすぎる。受け止める教師ブルー・レインがかっこいい。名前からしてかっこいい。

悲惨な話だが、映画の語り口はむしろ明るく、ときにユーモアもあって、救いと希望と愛に焦点を当てているので、観終わると、あたたかい気持ちに包まれる。

ソーシャルワーカーの顔、どこかで見たことが……と思ったら、マライア・キャリーだった。グラビアで見慣れた派手ないでたちとはまったく対極の、ノーメイクの地味なソーシャルワーカー役。レニー・クラヴィッツも看護師役でいい味を出していた。そんなミーハーな楽しさもぴりっとちりばめてあって、シリアス&お涙一辺倒になってないところに、風通しのよさを感じる。

◇とはいえ、虐待の実態(フィクションとはいえ)のあまりのすさまじさの印象をひきずっていては眠れない気もしてきて、引き続き「踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツラを解放せよ!」を。テレビ的お祭りのようなにぎやかな映画。観ている間は楽しいが、どういう話だったか?と聞かれてもよく覚えていない。そういうところがいい、という種類の映画。

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2011年2月19日 (土)

濃くて大きな瞳は語る

「瞳の奥の秘密」DVDで。アカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞したスペイン=アルゼンチン合作映画。監督はファン・ホセ・カンパネラ、主演にリカルド・ダリンとソレダ・ビジャミル。

美しい若妻が残虐な殺され方をした事件。終身刑になるはずの犯人は当時の腐敗政治のなかで釈放されてしまう。被害者の夫。犯人を逮捕した検事。その美人エリート上司。25年経って、うやむやになっていた事件のその後、検事の個人的な想いに、決着がつこうとしている……。謎と愛、過去と現在がうまくからみあった、重厚な余韻に酔える映画。特殊メイクの技術なのか、若々しい25年前と、老境にさしかかった現在を演じわける俳優たちの風貌の違いが、あまりにもリアルで驚く。

タイトルが示すとおり、人物たちの「瞳」が語る。黙っていても、瞳がほんとうのことを語ってしまう。写真に映る瞳もそうだし、さりげない一瞥、まばたき、伏し目、すべてに意味が宿っていて、それを読み取る相手が次の行動を起こしていく。彼らがラテン系の濃くて大きな瞳の持ち主だからこそかなあ、という感も(笑)。

なかでも、容疑者が自分に向ける視線から真犯人と直感し、男としてのプライドを侮蔑することで挑発して自白をさせてしまう美人上司のやり方に度肝を抜かれる。

TEMO(怖い) にAを入れると TE AMO(愛している)になるというあたりも、アカデミー協会員が評価する「外国語映画」のツボにはまったのかな、とちらと思う。

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2011年2月18日 (金)

発信者の切迫、受信者への敬意、信頼。

◇「メンズプレシャス」4月上旬発売号の「御用達大特集」に寄稿するため、橋本編集長、現地取材のライターの方と打ち合わせ。ありあまるほどの情報でぼんやりとしていた「御用達」ワールドが、とりとめなさそうにも見える話を重ねていくうちに、輪郭と本質(かなと思えるもの)が少しずつ明確になっていく。「知っている」から書くのではなく、(書くための準備を含めて)書くことによって学んでいくのだよなあ、とあらためて実感する。今回の「御用達大特集」は「大特集」の名に恥じない豪華な特集になりそうで、一読者としても今から楽しみ。

◇橋本編集長より島地勝彦さんから、と「新潮45」3月号をいただく。島地さんによる小室直樹伝が載っている。経歴、人柄、プライベート、弟子たちへの影響力にいたるまで、具体的にわかりやすく伝わってくる。下ネタもいい塩梅。リベラルアーツの肩身が狭くなり、似たり寄ったりの成功本ばかりがハバをきかせている時代だが、時代に逆行してもリベラルアーツのロマンを語り続けることは決してムダなことではない、とあらためて感じ入る。

◇同誌に掲載されていた内田樹「神の言葉に聴き従うもの」という記事が、がつんとこたえた。心が洗われるような思いで、3度くらい読み返す。言葉が届くとはどういうことか、ということを誠実に熱く説いている。発信者の切迫。受信者に対する敬意。そして最後は、受信者の知性を信頼し、受信者の自己超克の可能性に賭けること。内田さんの切迫、しかと受けとめた(ような気にさせられる)。

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2011年2月17日 (木)

遭難しても、役立つ「カレ」。

「東京島」DVDで。原作がもっていたシニカルな迫力が欠けていて、全体的に「映画」のスケールには満たない、平板な印象。ちょっと残念。平成日本のぬるさを象徴した光景、という見方もあるようだけれど、それ以前に脚本や演出など、なにか根本的なところから、映画としてぬるい感じ。

エルメスがはじめて日本映画に衣装協力した映画としても話題になったが、たしかに、孤島のマストアイテムとしての「カレ」(大判スカーフ)のすばらしさは、強烈に刻みこまれた。「カレ」を数枚もっていれば、いかようにも着こなしができる。その模範例がいくつかのシーンで見られて、ほほう、とチェック。モノがあふれている都会ではムダな贅沢品にしか見えない「カレ」が、モノがない無人島では、万能&必須の布きれとなるというマジック。

40代バブル女が旅の必須品としてもっていくモノとしての位置づけもわかりやすい。裸同然の20代草食系フリーター男たちvs.ブランドで着飾るしたたかな(でも浮いてる)女王様女、の図。

にしても・・・。桐野夏生の原作があれだけ面白いのだし、木村さんも「カレ」も、がんばっていたのに、もったいない思いが残る。

コンセプトは違うけれど、孤島漂着モノ関連で、「蝿の王」を思い出した。20年ほど前の映画。少年たちだけでの無人島サバイバル。ウィリアム・ゴールディングの原作も読んだが、映画版は観てしばらく夜眠れないほどコワかった。特別に残虐なシーンがあるわけではない。表層的な残虐シーンなら今の映画のほうがよほど強烈である。「蝿の王」は、人間の本能の深層にある悪い獣性をえぐるような種類のコワさを見せてくれた。少年たちがフェイスペイントをして踊るシーンのひたひたと冷たい恐怖は、今も思い出すことができる。20年経ってなお、私の中でのコワい映画No.1。

観てから少なくとも一週間はゆさぶられる、という衝撃を与えてくれるような映画に、今あんまりお目にかかれない。単に観る映画の数が減っているためか。

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2011年2月14日 (月)

ワル・大ワル・極悪人

『ヨーロッパ超富豪 権力者図鑑』のインパクト大きく、迷わず買った、シリーズ第一弾の『世界権力者 人物図鑑』(日本文芸社)。副島隆彦があとがきで「この本を出したあと、私に何が起こってもいい。その覚悟をしている。私の遺言書のような良い出来の本である」と書いている。それが大げさには聞こえない。フィクションなのか現実なのかわからないほどの衝撃的な話ばかりで、何をどれだけ信じていいのかわからない。

中川昭一さんの、あの朦朧会見を仕組んだのは、世界銀行総裁ロバート・ゼーリックである、という指摘。

世界には実質的に支配をする「世界皇帝」がいて、それがデイヴィッド・ロックフェラーという男であるという指摘。ロックフェラーが大統領を決め、大統領を操っているという話には、映画のシナリオを読んでいるかのような気分にさせられる。

「オバマはやがて保険法案や金融・経済政策に失敗し、国民の不評を買って、"I resign."(私は辞任する)と、健康上の理由を挙げながら辞任していくだろう。遅くとも2011年中に」。

そして次にヒラリー・クリントンの政権ができる……という予言が続く。

記述される事柄の多くには半信半疑ながら、やはり人物の内面をえぐりだしてみせるポートレイトは圧倒的な迫力で、ロックフェラー95歳の充血した目、黄ばんだ歯には、思わずアクマの幻影を見てしまう(笑)。こういう権力構造があることを知ることで、ニュースの見え方も全然違ってくる。

それにしても。中川昭一さんを失脚させる作戦に、「直接手を下した男」として財務省国際局長だった人と、読売新聞経済部の女性記者の名前がはっきりと実名で挙げられている。だいじょうぶなのか? 読みながらどきどきしてしまう。

「不都合な真実」のアル・ゴアの本当の狙いに関しても、「原発を世界中に建設すること」という断言。権力者一人ひとりの「裏」が大きすぎて、全員分読み終わるとめまいがしてきた。私たちはあまりにも多くのことを「知らされていなかった」ということなのか?

さりげなく記述された数行も、水爆級のインパクトがある。「ラムズフェルドが37歳の時、1969年7月のアポロ11号の月面着陸という捏造が、彼の指揮下で行われた」。

……って、歴史を覆すようなことが、ほんとに、さらっと、書かれているのである。無知蒙昧な私などはええーっ?!とただ驚くばかりなのだが。

今後の勉強の方向を大幅に変更しなくてはいけないような気にさせられた本。   

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2011年2月11日 (金)

安い席ほど注文が多い

2日間で3千枚超の答案を無事採点し終わり、雪の中、倒れ込むように帰ってきたら、ちょうど地上波で「沈まぬ太陽」が始まった。たちまち引き込まれて最後まで。

「フィクション」とは断っているが、御巣鷹の事故のことをはじめ、あの航空会社の内情とついつい重ね見たくなるところがあり、まさにその点が生々しい面白さを生んでいる。実際、あの会社の元CAの知人が数人いるが、彼女らが社員だった頃の、会社による「人扱い」の非情さはもれ聞いていた。そんな現実と映画を思わず重ねて、涙涙涙(もちろん、映画はフィクションと了解しているが)。映画の主人公、恩地と同じく高い志を持っていた元CAたちは、恩地のようには我慢せずに会社を辞め、CA時代に磨いた知識や接客マナーなどを生かして、多方面で活躍している。過去に対する恨み事は一切口にせずに。会社を辞めてもなお、御巣鷹に毎年登り続けている人もいる。

ちょうどタイミングよく、前日から『ファーストクラスの英会話』を読み始めていた。元JAL国際線CAの荒井弥栄さん著。ぱっと開いてどこからでも読める。同じ意図を、ビジネスクラス的、ファーストクラス的に表現するとどうなるか?というのがよくわかって楽しい。CA時代のミニエピソードも、にやっとさせられるものあり。

「手間とシートクラスの法則」というのがおかしかった。座席の値段の高さと、手間のかからないことは、反比例するのだそうだ。ファーストクラスに乗る方ほど、ただ眠るだけというお客さんもいて、CAの手を煩わせない。エコノミーほど注文がうるさい、と。エコノミー機内食のパスタをアルデンテに茹で直せ、という注文まであると知って苦笑。

聴衆に向かって「お座りください」と言うときには、Sit down, please.ではなく、Please be seated. ささいなニュアンスの違いが大きな印象の違いを生むのは、日本語と同じ。

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2011年2月10日 (木)

世界を決定する権力者層

◇「サライ」3月号発売です。連載「紳士のものえらび」でロイヤルアッシャーのダイヤンモンドについて書いています。機会がありましたらご笑覧ください。靴下の次はダイヤモンド、と価格帯のふり幅が大きいですが。

◇副島隆彦責任編集、中田安彦著『ヨーロッパ超富豪 権力者図鑑』(日本文芸社)。興味が尽きなかった。第一章ではヨーロッパのファッション業界の権力者。アルノー、ピノーといった方々から、シャネルのオーナー、ヴェルテメール兄弟、ザラのオルテガ、H&Mのペーション、トップショップのフィリップ・グリーンまで。

人物肖像写真集、といった趣きの本なので、経済ニュースに頻繁にでてくるファッション業界の大物の、そのお顔と配偶者や側近の顔がはっきりとわかった、というのが一番の収穫であった。ライトもとくにあてない、修正もしない、シミやシワまでわかるアップの肖像が多く、なにかどろくさいのにぎらぎらしたオーラを感じる方もいて、写真からも人間的エネルギーが伝わってくるように感じる。

ファッションの影響力を決めるのは、デザイナーの力もさることながら、最終的にはビジネスマネジメントによるところが大きい。

H&Mのステファン・ペーションが、父親から受け継いだ企業を急成長させたという点で、ユニクロの柳井社長と経歴が似ているという指摘がおもしろかった。また、ロレアル創業家の母と娘が裁判で骨肉の争いをしている話も興味しんしん。ランコムのコスメやケラスターゼのヘアケア買うと、この88歳のリリアン・ベタンクールの利益に貢献するのか、と思うとちょっと複雑にもなる(笑)。

他の章はメディア、IT,財閥、貴族、伝統企業、新興企業などの権力者を扱う。ドイツのメディア界の頂点に立つ2人の未亡人とか、ペンギングループのスカルディーノとか、ハイネケンの社長とか、女性も意外と多い。

まえがきで、中田安彦氏は書いている。「研究を重ねるにつれて、日米関係よりももっと上から、世界を大きく決定する権力者層というものがあり、彼らがつくる同時のネットワークが存在することに気づいた」

うすうすと、たぶん誰もが感じながらも、実態がわからなかった「雲の上」の方々をわかりやすく解説してくださったことに感謝。これより先に出た第一弾も購入することにする。

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2011年2月 9日 (水)

「創作は、イメージの排除から始まる」

「25ans」ランヴァン特集の原稿を書くために、Franco Maria Ricciという出版社から出ているJeanne Lanvin というタイトルの本(ハードカバー、箱つきの巨大な美装本)を読みはじめたら、これが面白くて没頭。創始者ジャンヌ・ランヴァンの生い立ち、子供服ビジネスのスタートから婦人服、紳士服、舞台衣装、香水……と拡大成長していくそれぞれの具体的過程について書かれている。

ビジネスパーソンとしてのジャンヌ・ランヴァンは、自己啓発本のモデルとなってもいいんではないか?と思うほどのあっぱれな人。あやかりたい。詳しくは本誌にて、であるが、字数の関係で惜しくも原稿に入れられなかったジャンヌの名言をひとつだけ。

「自分の頭にひらめいたイメージや思いつきに飛びついてはいけません。なぜならイメージは、その中に潜んでいる不備な点、思い違いなどまでも用いてしまうからです。創作とは、イメージの排除から始まるのです」

イマージュを排して、マテリアリスティック(唯物的)にいけ、という蓮實重彦先生の教えをちらと思いだす。幻想や思い込み、偏見を捨てて、生々しい目の前の現実に即して考えよ、っていうこと(だと個人的に解釈)なのだが。

ココ・シャネルやジョルジオ・アルマーニ、カール・ラガーフェルドもそうだが、ファッションビジネスで成功する人は、おそろしく堅実で、働きすぎではないかと思われるほど勤勉だ。ジャンヌ・ランヴァンもその一人。どのビジネスでもそうなのかもしれないが。

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2011年2月 6日 (日)

「おれたちは可能性をムダにしていた」

「グリーンホーネット」、3Dで。あの小難しい「エターナル・サンシャイン」の監督(ミシェル・ゴンドリー)だから知的なアクション映画かな?と少しだけ構えていたが、むちゃくちゃに能天気で無謀なアクションの連続で、いい感じで裏切られた。

ブリット(セス・ローゲン)のばかっぷりを強調するセリフが、きわどい。カトー(日本の「加藤」のイメージ?)が上海生まれ、と言ったら「日本は好きだ」とかフォローするのはまだかわいらしいとしても、秘書面接に来たキャメロン・ディアスに「トワイライト」とか「コクーン」とか、暗に「トシとってるねえ」、という意味のことを言ったのには、ひやりとする。一昔前の、「ポリティカル・コレクトネス」にぴりぴりしていた時代だったら、許されなかったセリフでは。このブリットのキャラ設定をはじめ、重装備の高級改造車とか、カンフーとか、キャメロン・ディアスをめぐる男二人の関係とか、悪のヒーローを装って本物のヒーローになるとか、オタクマッチョでアナログな男の夢が全開する。とことんマンガチックな世界に耽溺して笑う映画。

カトー役のジェイ・チョウが、魅力的。アクションはキレがあって(CG加工はあるとしても)小気味よいし、コーヒー入れても改造車作っても天才、というキャラにぴったり。この人のことは、「頭文字D」のプロモーションで来日記者会見をしたときに、見に行っていた。数年前だが、会見の舞台でピアノを披露して、それが驚くほど巧かった。この映画でもピアノの腕前を、ほんのちょっとだが披露していて、その時のことを思い出した。

第一印象はいたって淡々とふつうなのに、知れば知るほど味わいというか予想外の凄みが感じられてきてもっと会いたくなる、というのがジェイ・チョウの最大の長所。

ブリットのセリフに「おれたちは今までずっと可能性をムダにしていた(We've been completely wasting our potential)」というのがあったが、音楽もやり芝居もやり監督・脚本も手がけアクションもこなすジェイ・チョウは、自分のあらゆる可能性を磨き続けている人、という印象。

クレジットにエドワード・ファーロング、という名前を見つけ、えっ、どこに出てた?!  とあとからチェックしてみたら、麻薬工場の「工場長」でヘマをしてボスに殺されるチンピラ、というチョイ役だった。かつての美少年の面影はない。最近は私生活のぼろぼろぶりばかりが時折、伝えられていた程度。時の残酷さを感じさせて、少しもの哀しくなる。

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2011年2月 5日 (土)

「お稽古とは『いい時間』を求めるもの」

◇「特攻野郎Aチーム」DVDで。人気テレビ番組の、何度目かの映画版。リーアム・ニーソンにブラッドリー・クーパーという目にも嬉しいキャスティングで、ありえない大胆アクションの連続、ひたすらキャーキャーと笑ってハラハラして「やられた!」感のあるラスト。最後の最後にちょこっとドン・ドレイパー(ジョン・ハム)が出てきて楽しいサプライズだった。ジョン・ハムは友情出演(?)だったみたいで、クレジットなし。でもさすが、ちらりと一瞬だけなのに、強烈な印象を残す。

キャプテン・ソーサのセリフ。「連中はバカをやらせたら天才よ(They are the best.  And they specialize in the ridiculous)」。

◇アクションものつながりで「ナイト&デイ」。こちらは、トム・クルーズとキャメロン・ディアスから「華」というか「旬の輝き」みたいなものが消えたなあ……ということばかり気になって、いまひとつのれず。かつてのセクシートップスターが、時代の変化や本人の年齢の変化とともに、いい感じでイメージを変えていくのは難しい。

◇「25ans」3月号、木村孝さん90歳からのメッセージ「お稽古事の本当の意味」。

「お稽古をしている間は、一切が外の世界から遮断されて頭の中は白紙、透明な状態です。暑さも寒さも感じません。これほど気持よく集中できる時間は、めったにありません。(中略)お稽古とは、そういう『いい時間』を求めるものともいえます。月謝を出すのは、ハウツーを習うためだけではないのです。また、資格をとるためといった欲をはじめからもたず、まず学ぶこと。つまりお稽古とは、人間修業的なものを含め教わって何かを得ることが大事ですが、夢中になって教わる時間そのものを体験すること、これが本当に大切です」

さすが90歳の大美女のことばには説得力がある。私が大嫌いな言葉に、(ビジネス以外の場面で使われる)「費用対効果」というのがあるが、そういう「これに時間やお金を投資してどれだけの利益を得られるか」みたいな損得勘定が頭の中を占めているかぎり、どんな勉強したってお稽古に投資したって、殺伐とするばかりじゃないかなあと思うのだが。暑さも寒さも忘れるほど夢中になれる時間の積み重ねの結果、豊かな勉強の果実が実って、本当の意味での「成果」がついてくる。そういうものだと思う。

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2011年2月 2日 (水)

「ずっと不幸でいるのか、幸せになろうと努力するのか」

このところ話題をさらっているモデルが、ブラジル出身のLea T。28歳の、骨太にしてノーブル、どこか傷つきやすそうな雰囲気をたたえる「美女」である。

昨年、リカルド・ティッシのジヴァンシーF/Wで衝撃的なデビューを飾ったと思ったら、あれよあれよというまにトップモデルに。

Lea TはかつてLeandro Cerezoという名の男の子であった。父はサッカー選手のToninho Cerezo。ティッシのアシスタントとして働いていたが、ティッシの勧めでステージに立った。

その後、フランス版「ヴォーグ」にヌード写真が掲載される。バストのふくらみもあり、しなやかな美女のボディラインなのだが、おなかのタトゥーの下には、明らかに「ついてる」ものがある。男から女へとトランスセクシュアル(トランスジェンダーなんて生易しいものではない)してしまったモデルなのである。

7日発売の「LOVE」マガジンの表紙には、ケイト・モスとキスしている美しい写真が掲載される。発売前から写真だけがすごい勢いで流通している(笑)。男なのか女なのか、境界があいまいなことが、えもいえぬ魅力になっていて、目をそらすことができない。

英「インデペンデント」2月1日付に「彼女」のコメントあり。後悔はない、と言った後、「ずっと不幸でいるのか、幸せになろうと努力するのか、どっちを選ぶのかってことね(The Choice is between being unhappy forever or trying to be happy)」。

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2011年2月 1日 (火)

パキスタン初のファッションウィーク

2011年の「ファッション事件」として記録されるべきイベント。パキスタンのイスラマバードで、はじめての4日間にわたるファッションショウが開催された。英「ガーディアン」1月24日付に関係者取材のリポートあり。印象に残った抜粋をメモ。

主催者側のひとり、カムラン・サニのことば。「イスラマバード・ファッション・ウィークは、人々のパキスタンに対する見方を変えるでしょう。モダンで、世俗的で、進歩的な明るい側面が、パキスタンにはあります。人々はタリバンや、爆撃や、貧困や、洪水のことばかり話題にしたがりますが。でもパキスタンは元気で勢いがあり、今こうして、ファッション産業がグローバルに発信する時が訪れたのです。西洋のみなさんは驚く必要はありません。グローバルカルチュアはパキスタンに十分に浸透しており、ファッションデザイナーもすばらしい力をもっています」

いくつかの写真を見ると、メイクもスタイリングもまだどこか野暮ったくて、装飾過剰な印象もぬぐえない。でも、貧困や宗教的な問題ばかりが報じられていたパキスタンで、ファッションウィークが無事に開催されるというニュース、勢いがあるデザイナーもモデルもジャーナリストもこんなにもたくさんいるというニュースは、パキスタンの変化の兆しを世界に向かって伝えるだけの力がある。たとえそれがごく一部の富裕層の誕生の結果でしかないものだとしても。

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