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2010年7月

2010年7月31日 (土)

名古屋も、アツかった。

名古屋にて世界コスプレサミットの視察。今や外務省も支援するイベントである。午後のパレードは、仁王門通⇒東仁王門通⇒新天地通⇒大須観音通の一時間強。

37度ぐらいありそうな猛暑の昼下がり、コスプレイヤー+プレス+カメラ小僧+観客+ただのやじうまなどが入り混じって、大混雑のサウナ状態である。

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アーケードの中は明らかに酸素不足で、息苦しくなるほどだったが、厚着のコスプレイヤーはハイテンションでカメラのためにポーズをとるなど大サービス。

途中に給水スポットまであったが、水分補給しているのは観客ばかりである。たぶん、観ているよりコスプレイヤーになって歩いているほうがぜったい楽しい。

国籍不明のコスプレイヤーやプレスも多数。英語でもないフランス語でもないロシア語でもない、何語だろう!?という言語が多数とびかっている。

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かろうじて言葉が通じた何人かのコスプレイヤーに聞いてみたところ、衣装は自分で作っている、ということだった。

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なんのコスプレなのかほとんどわからないのもまじっていたが、Photo_8

凝る人はコンタクトレンズで瞳まで赤く変えたりして、とことんやっている。

異様な熱気のなか、「コスプレで世界平和」な空間が一瞬あやしく現出していた・・・・・・。

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2010年7月30日 (金)

床下の小人さん達とともに見る夢は

「借りぐらしのアリエッティ」、ワーナー系の映画館で。床下に借りぐらしをする小人さんたちと、心臓手術をまじかに控えた少年との、ささやかな心の触れ合いと別れの物語。

ほのぼの温まりすぎて、物語が美しすぎて、どうしようかと思った・・・。お金を払って映画を見に来ている観客の胸の内をしぼるとるべきドラマにはやはり、残酷さとか壮絶さとか極端なドラマ性とか、そんなキョーレツな負の要素がちょっとはほしいという気がしたのであった。ジブリのなかでは、かなーり無難なほうの映画。

他の映画の予告編の数がやたら多かったのだが、ぼおっと見ていてひっかかったこと。「世界を変える」「奇跡」ということばが連発される(=売り物になる)映画がとても多い。

世界を変えたい。奇跡を生む出会いをしたい。これって、現代人に共通する深層心理なのかもしれないな、と思う。

ラウンジの巨大なパネルのひとつ。歴代名画のポスターやワンシーンがちりばめられ、映画好きにはたまらない世界が広がる。

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「それにもかかわらず!」と言い切る自信

29日(木)に、佐藤優氏の講座、「マックス・ヴェーバー『職業としての政治』(岩波文庫)を読む@衆議院第一議員会館」に参加したときの、メモ。公的な記録はあとから書籍にまとまるそうなので、そちらで。ここでは、政治的知識に関しては「ど」素人の、ひょっとしたらどこか誤解もまじっているかもしれない、あくまで個人的に印象に残ったことがらの備忘録。

参加者が順番にテキストを音読しながら、佐藤氏が解説を加えていく。中学校以来の、テキスト音読+先生の解説、という講義形式。新鮮で、あっという間に過ぎた、濃い二時間だった。

佐藤氏の知識の質・量がともかく圧倒的に膨大で、ヴェーバーのテキストもそうだが、佐藤氏のお話も、「当然、知っておくべき教養ないし前提」のレベルがおそろしく高い(というか私のレベルが低すぎるのだろう)。だから正直、お話の内容の半分は十全に理解できていなかったのではないかと思う。でも、わからないなりに、テキストと話の、表層の迫力そのものに引き込まれた。そんなことって、あるのだ。以下、整理できたことのなかから、面白いと感じたこと(の一部)をランダムに。

・二種類の政治家がいる。平和を掲げ、格差や貧困をなくすことを目指す、理想追求型の政治家。鳩山さん、阿部さんが、このタイプ。一方、夢やユートピアを政治に持ち込むのはおかしい、政治家は現実的にやれることだけやるべきで、最小不幸社会の実現を目指す、と考えるタイプ。ゲーテでいえばメフィストフェレス。菅さんはこちらのタイプ。

・負の感情の連帯で、民族はまとまる。「ドイツ国民に告ぐ」のフィヒテ、ナショナリズムの父と呼ばれたフィヒテが、この手法でドイツの民族感情をあおった。悪く扱われた点だけを羅列していって、負の感情をあおり、民族を連帯に導いた。一種の、いんちき。(今でも健在ですね・・・・・・負の感情をあおって、連帯を呼びかけるやり方は)

・世界に悪はあるのかどうか?に関して、考え方は二つある。悪は善の欠如にすぎず、したがって悪は根絶できる、という考え方。一方、悪はそれ自身として自立している、という見方。

・プロレタリアートという言葉に関し、日本では誤解がある。正確には、生産手段をもたず、労働力のみによって生活の糧を得ていくのがプロレタリアート。したがって、高給取りであっても、労働力しかもたないサラリーマンであれば、それはプロレタリア。資本主義の構造にとって、プロレタリアートは「装置として必要」。

・心情倫理と責任倫理がある。心情倫理とは、「正しいことをしている」という純粋な心の中の価値基準にのっとった発想。その倫理に従った結果、どうなろうと、天命を待つばかり。一方の責任倫理とは、行動の結果を予測して、最善の結果をもたらすために今どういう行動をとるべきかを考えること。後者のほうが、成熟した政治家に求められる倫理とも見えるが、ケース・バイ・ケースで、どちらがいいとも悪いとも言い切れないところがある。ただヴェーバーは、こんなふうに書いている―「心情倫理と責任倫理は絶対的な対立ではなく、むしろ両々相俟って『政治への天職』をもちうる真の人間をつくり出すのである」。

・ヴェーバー、最後の締めに力強い名文。「政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。もしこの世の中で不可能事を目指して粘り強くアタックしないようでは、およそ不可能なことの達成も覚束ないというのは、まったく正しく、あらゆる歴史上の経験がこれを証明している。(中略) 人はどんな希望の挫折にもめげない堅い意志でいますぐ武装する必要がある。そうでないと、いま、可能なことの貫徹もできないであろう。自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―自分の立場から見て―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間。どんな事態に直面しても『それにもかかわらず!』と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への『天職』をもつ」。

一週間前に完成したばかりという衆議院議員会館の、議員の部屋も見せていただく。ひとりあたり100平米と広く、セキュリティも万全。ライトアップされた国会議事堂を見下ろす眺望もすばらしい。でも家具は一律、支給品だそうで、秘書の方は「刑務所で使われているものと同じで、ちょっと安っぽい」と不満そうでもあった。税金が使われているので、国民の反感を買わないためには、そのあたりのバランスをとることも大事なんだろう。

くしくも同じ時間、民主党の両院議員総会がおこなわれていた。ヴェーバーの最後の文章を議員の皆様に届けたかった。

ガラス越しなのでちょっとぼんやりした写真だけど、眼下に議事堂。

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2010年7月29日 (木)

闘牛は文化的遺産か、動物虐待か

カタロニアの議会が闘牛を禁止する、という記事。「ガーディアン」28日付。

2011年末をもって、バルセロナからカタロニアの北東部にかけて、闘牛が見られなくなる。闘牛は動物虐待、という時代の勢いが、ついにここまできたのか、という感じ。

この決定に反対する人の声も多数。闘牛は残酷なスポーツなどではなく、芸術である、と。

自由に対する侵害である、という声も。子供たちや若い人は、怒れる牛に対する対処の仕方を学ぶ。見に行くか、行かないかは個人の自由であって、一方的に禁止するのはおかしい、など。

長い歴史をもつ文化的遺産か。断ち切るべき野蛮な慣習か。「倫理的」であらねばならない時代の流れにあっては、闘牛に対して後者の見方をとる人が圧倒的に多かった。

見られなくなる前に、ぜひ一度見ておきたいと思うが。

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2010年7月28日 (水)

英国男子もイタリアの服を着る

イングランドのサッカーチーム「チェルシー」が、選手の公式スーツと「私服」のデザインを、イタリアの「ドルチェ&ガッバーナ」に依頼したというニュース。「インデペンデント」28日付。服装だけではなく、スタジアム内のスペースも改装し、「ドルチェ&ガッバーナ・ラウンジ」と呼んでいるという。

ドルチェ&ガッバーナはすでに二回、イタリア代表チームのデザインをしているし、「ACミラノ」の選手たちのスーツも作っている。が、外国チームのデザインは初めてになる。

濃紺の艶っぽいスーツで、シャツがダークカラー(白とかブルーではなく)であることが目立つ特徴。そこはかとなく「遊び人」っぽいムードを醸しだす。

ドル&ガバの得意とする、「男の自信を誇示するような男らしさ」が、サッカー選手に好まれているということか。少なくとも、イギリス的な「アンダーステートメント」(控え目表現)はそこにはない。

男の服ならイギリス製が格上、と思いたかったが、もうそんな時代でもなくなったのかもしれない。サッカー選手が自由で色気と勢いのある服をグローバルに求めたら、ドル&ガバにいった、という印象。

それはそれでいいことだと思うが、サッカー選手のライフスタイルが憧れと模倣の対象になることを思うと、英国男子もイタリア男のようになっていく風潮が強くなっていくのかな……(18世紀にもイタリアかぶれの「マカロニ」男子などが、いたわけだが)。

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2010年7月27日 (火)

加害者と被害者の境界は

朝日文庫になった、吉田修一『悪人』上・下、帰途の新幹線の中で読み終える。

三面記事にしたら「出会い系で会った底辺の男女たちの殺人と逃避行」みたいな話として片付けられそうな事件だとしても、その当事者ひとりひとりに、かけがえのない人たちがいて、生きてきた歴史があって、深い心の傷がある。だれが被害者で誰が加害者かなんて、ばっさりと決めつけることなんてできない。人と人との関係を繊細に、正確に掘り下げて、紋切り型の答えなんか与えず、読後もずっと胸をしめつけ、考えさせる。タイトルも秀逸。傑作だと思う。原作者本人が脚本に参加している映画化版も、楽しみ。

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2010年7月26日 (月)

大阪は、アツかった。

久しぶりの大阪。スーパースタイリストをめざす美容師さんたちに、講義。美しさを表現する言葉や、美の概念を生んだ社会的背景などの話をする。4時間立ちっぱなしぶっ通し(途中10分の休憩のみ)というのは、はじめてのことだったが、聴き手のモチベーションが高く、反応がすばらしくよかったので、楽しんでいるうちにあっという間に終了。燃焼して鍛えられた感。

その後、美容師さんたちと、飲み。お酒は強いし、感情表現がアツくて豊かだし、で、離れがたく、真夜中まで笑ったり泣いたり。多謝。

心斎橋の日航ホテル泊。心斎橋周辺のブランドの路面店には銀座や原宿とは違う独特の迫力を感じる。デパートなどでは、日本語のアナウンスのあとに、中国のアナウンス。中国マネーの影響力を実感。

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2010年7月24日 (土)

「経験」か「搾取」か?

ファッション関連会社に憧れ、少しでもそこにコネを得たいと思って「インターン」として働く人は多い。だが、その現実は、長時間タダ働きの「搾取」であり、結局は正規就労のチャンスも得られないことが少なくない、という記事。英「ガーディアン」24日付、ジェイミー・エリオット執筆。

http://www.guardian.co.uk/money/2010/jul/24/fashion-industry-interns

「インターン」として働く側は、その夢と野心(?)につけこまれ、労働基準法違反であるようなヒドい条件にサインさせられる。「搾取」の一種である。一方、雇う方は、使い物にならない人間に、金では買えない「経験」という貴重なものを与えてあげるのだ、という認識。

記事に登場した25歳のルーファスは、すでに5社で無賃労働のインターンシップを経験しているが、いまだに就労の機会にも恵まれず、疲弊するばかり、とその苛酷な労働内容を暴露している。某ブランド(記事では明確にブランド名が記されている)の刺繍部門では、一人のデザイナーと10人の無賃労働のインターン(!)が働いて作品を作っているという。

もちろん、記事では「インターン」制のよい点も指摘されている。業界のことをまったくわからない学生にとっては、具体的にビジネスがどのように行われているのかを、実際に体験して知ることができる貴重な機会となること。

金にはかえられない「経験」か。あるいは「経験」という名の下の搾取か。どこで線引きをするのか、難しい問題だと思う。

記事にならなければ、明るみに出ない問題であった。華やかなワンステージの陰にひそむ、シビアな労働問題を、よくぞ暴いたものだ・・・と感心する。そんなジャーナリズムが存在できる風土があることじたいが、あっぱれ(日本では、ここまで書いたら業界から総バッシングにあうのではないか、と憶測する)。

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2010年7月23日 (金)

モンスター高校生

アメリカのテレビドラマ「ゴシップガール」シーズン1&2をボックス買い、遅まきながら、見始める。まずは第1話~4話まで。

これが高校生ですか?というリッチすぎるライフスタイルに、漫画的なものを感じる。みんな大人びていて、というか、ふけてて、どう見ても20代にしか見えないし。この世界観に慣れるまでもう少しガマンして見なくてはならなそうだ。

いじわるな感情をここまで行動として表面化する、というのも、なかなか現実にはない。

とかなんとかいいながら、ロングヘアのアレンジや、アッパークラスの男の子の崩した装い、ちょっとした異性の誘い方(誘わせ方)などに、目が釘付けになる。さすが、ファッションに多大な影響を与えたドラマ、という評価が高いだけある。

ストレッチリムジンで通学するクールな高校生のドラマを茶化す一方、現実は、暑苦しすぎて、かなしいのを通り越している。購入17年目にして(!)、エアコンが壊れてしまったクルマで5分のところに出かけただけで熱中症になりかけた。窓を閉めても開けても熱風。これでは危険すぎる、と車を購入することにしたが、納車が9月だと・・・。この夏は灼熱地獄を覚悟。できるだけ車を使わない低エネルギー生活を送らざるをえないようである。

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2010年7月22日 (木)

一生ものの、銀製品

◇「サライ」連載記事のための取材@銀座の宮本商行。

銀製品を扱う宮内庁御用達の老舗である。シルバーのやわらかい光の中、巧みな職人技が生きるすばらしい銀製品の数々を見ながら、お話をうかがう。

写真は、「あられうち」という技法が施された品。あえて強制的に黒く加工した銀を、内側から叩いて、つぶつぶのあられのような突起を出す。

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すべて手作業でおこなわれている。ひとつでもズレたりすると商品にならないため、たいへんな集中力が求められる仕事であるという。

ゴルフのブリジストン・トーナメントで優勝者に贈られる巨大な銀杯、大相撲で、優勝力士が部屋に戻って交わす銀の杯も、宮本商行さんの製品。

さらに詳しくは、誌面にて。

◇甥が生まれ、順天堂病院に会いに行く。生まれたてのほやほやの赤ちゃんは、いつまで見ていても、見飽きない。「ただ、元気で生きていてくれている」ことだけでありがたい、というこの瞬間の気持ちを、あらためて心にとどめておかねば、と思う(子供の成長とともに、あれもこれもと期待がエスカレートしがちなので・・・)。

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2010年7月21日 (水)

「将来の夢は、なんですか?」

昨年度に引き続き、後輩にあたる高校2年生200人に、「学びと仕事」に関する講演@ホテルメトロポリタンエドモント。

とても意欲的な高校生たちで、鋭い質問もたくさん飛び出し、私もおおいに刺激を受けて、楽しいひとときだった。「将来の夢は、なんですか?」と聞かれた時には、思わず戸惑う。きれいなお花、ありがとう。

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その後、盛り上がりついでに、同窓生と待ち合わせて、飲み。「30年前の行動」の、互いの意図と記憶の相違が明らかになったりして、なんて人間の記憶って自分勝手なのかと、しみじみ呆れる。

17歳の時は、人間は40を過ぎたら「完成された、落ち着いた大人」になるものだと思っていたフシがある。どこが?な現実。

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2010年7月19日 (月)

目がだまされる、楽しさ

「トリックアートの世界展」@損保ジャパン東郷青児美術館。

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記憶も鮮烈なBUNKAMURAの「だまし絵展」と、どのような違いを見せてくれるのだろうか、というちょっぴりイジワルな期待を抱いていったのだが、「日本のアーチストにこんなすばらしい人たちがいたのだ!」という発見が多かった。

まず、スーパーリアリズムの至芸を見せてくれた、上田薫。「なま玉子」「玉子にスプーン」の絵の前で立ち尽くしてしまった。写実という点において、絵画は写真を超えられない……というのは、まったくの偏見だと思い知らされた。絵画は写真を超えられるのだ!200個ぐらいの玉子が割れる瞬間を写真撮影し、そのなかの一枚を克明に描いたという一枚は、これぞリアリズムを超えるスーパーリアリズム、と納得。日常見慣れている光景であるはずだが、決して肉眼ではとらえられない非日常的な一瞬が、立ち現れている。

そして、立石大河亞(タテイシ・タイガー)。「車内富士」という4コマ浮世絵風のシュールな絵画に、笑って興奮!

森村泰昌の、ゴッホになりきりポートレイトも、「鼻つき洋梨」の批評性にも、相変わらず感心させられる。

極めつけは、福田美蘭かな。おなじみの名画が、名画の中の登場人物のひとりの視点から描かれる、というパロディのような絵。ベラスケスの「ラス・メニーナス」、マネの「草上の昼食」、ボッティチェッリの「春」、ダ・ヴィンチの「聖アンナと聖母子」といった、教科書に出てくるような名画が、「絵の中のひとりの登場人物」の視点から、違う角度から、描かれる。「名画」の格式ばったありがたさが、がらがらと崩れてニヤリとするとともに、かつて味わったことのない不思議な興趣をおぼえる。

常設されているゴッホの「ひまわり」も初見。ああ、これがあの有名な、という種類の感動。絵の前のソファに座り、眠りこんでいる(たぶん何時間も)観客、数人。その前から、去りがたい絵なのであろうなあ。

外気35度のなか、新宿西口ビル街にそびえたつ損保ジャパンビルも、熱気のあまりゆらゆらと、どこかだまし絵のように見える。

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2010年7月18日 (日)

「人生は、ペルシャ絨毯」

◇行方昭夫先生『サマセット・モームを読む』(岩波書店)読み終える。岩波市民セミナーでの講義をもとに書籍化された本。行方先生の声がありありと聞こえてくるような、読みやすくてためになる一冊だった。

モームが日本に紹介されたときの経緯や来日時のエピソードも明かされる。当時の「モーム来日」騒動というのは、今なら「レディーガガ来日」みたいな扱いだったのだなあとイメージを重ねてみる。客層はまったくちがうだろうけど、セレブ来日に振り回される人たちのミーハーっぷりが、なんだか、変わらないなあ、と。

「人間の絆」「月と六ペンス」「サミング・アップ」「かみそりの刃」「赤毛 大佐の奥方」それぞれの作品の読みどころの解説が、楽しい。作品を読んでない読者や、話を忘れてしまった読者に対しても、、あらすじがわかるよう、講義が進んでいく。モームの人間観や、その解説を通した行方先生の人間観がちらりちらりと語られるあたりに、興味をひきつけられる。聴衆にもマニアックなモームファン&行方ファンが多かったようで、質疑応答のレベルも高い。

数々のモームの人生観の指摘のなかでも、心に響いたものがいくつかあり、以下、メモ。

・人生はペルシャ絨毯。人生に意味はない。明るい色ばかりじゃ絨毯は味気ない。暗い色彩、悲しげな模様もあってこそ、深い味わいのある豊かな絨毯が織り上がる・・・という「ペルシャ絨毯の哲学」。

・人間は不可解で矛盾に満ちていて、首尾一貫などしていないこと。

・恋が報いられるということは、めったにない、ということ。だから逆に、そういう恋を得られたら、この世は奇跡となり、人生に深い意味が与えられるように感じてしまうものであること。

エッセイ集「サミング・アップ」を時折、読み返すのだが、いつも感じるのは、モームは「正確」だいうこと。人間の心の動きのいや~な部分も、偽善など取り払い、率直にありのままに見て、「正確」に表現するのだ。読者の反感を買わず、ありのままに、正確な人の心の動きを記述する。自分でエッセイを書こうとするとわかるが、これはなかなか、たいへんなことなのだ。いやなやつだと思われたくないために、偽善のオブラートをかけてしまいがちである。でも、作品が普遍性を帯びるためには、シビアに正確さを追求する(そしてなお愛される)技芸が不可欠なのだと実感する。

◇朝日新聞17日(土)付の、磯田道史の「この人、その言葉」。堺利彦の巻。

「心の真実を率直に大胆に表すことを勉めさえすれば文章は必ず速やかに上達する」

たまたまモームの文章から考えていたことに響き合ったので、膝をうつ。

<真実を語ること><腹案>のほかに、<気乗り>が重要、という点にも、共感。「『よく寝る。散歩する。旅行する。場合相応の本を読む。他の仕事を片付ける』などして<自分の頭の機嫌を取って>調子のよい時に筆をとる。具体的に読み手を想像しその人に語りかけるように書くといい」。

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2010年7月17日 (土)

「友達」と「恋人」の違いとは?

「(500)日のサマー」DVDで。2009年を象徴するファッション映画としても多くのメディアが絶賛していた映画。ブランド臭なし、ゴージャス&セクシーは圏外、地に足がついた媚びない普通、というか、独特のいまどきの20代ファッションに、時代感があふれている。

恋人と一緒にするような行為を重ねておきながら、「あなたの恋人にはならない、あくまで友達」、というサマー(ズーイー・デシャネル)の態度が、現代の女子の恋愛観をよく表わしているのだろうか。コピー室で人目を忍んでキスをしても、イケアで手をつないで家具選びのデートをしても、セックスを重ねても、「恋人ではなく、友達」っていったい・・・。

これだけ「友達」とやりたい放題ができるんだったら、「恋人」と「友人」の線引きの基準はどこにあるのか? サマー的にはどうやら「束縛するのが恋人」であるらしいのだが・・・。恋人とも友人ともまったく同じ遊び方をするけれど、違うのはあくまで気持ちの問題、であるとしたら、双方の気持ちが食い違った時にかくも残酷なことになる。終始、トム(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)の気持ちに寄り添ってしまって、一緒に傷ついてしまった(苦笑)。複雑。サマーにはとうてい感情移入できないなあ、と思ったのは、世代のギャップでしょうか。

語りのスタイルも、繊細に知的に構成されているのに、さらりさらりと流れていくような印象。斬新さを押し付けることもなく、巧い。と思ったら、監督のマーク・ウェブはこの作品ののち、「スパイダーマン4」に抜擢されているとのこと。大作でも才能を発揮することを祈る。

ヒロイン像も、恋愛観も、ファッションも、映像も、セレブカルチュア全盛時代とはすっかり一変したことを表現するような、「時代のスタイル」を感じさせる映画。

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2010年7月15日 (木)

100%循環型の未来は可能か?

13日(火)に参加した、第120回次世代産業ナビゲーターズフォーラム@霞が関エキスパートクラブのメモ。情報量がたっぷりと多く、充実したフォーラムで、すべてを記録しておこうとするといつまでたっても書き終わらないので、とりわけ心に残ったことを備忘録まで。

この日の講演は、帝人株式会社取締役会長の長島徹さん。テーマは「帝人Gのものごとづくり」で、講演後、メンバー全員でテイジン未来スタジオの視察をおこない、お話の内容を裏付ける最先端のモノたちを見る。

恥ずかしながら、帝人と聞いて、ポリエステル繊維のイメージしか思い浮かばなかったのだが、いま、生活のあらゆる分野に帝人の最先端テクノロジーを用いた製品があることを知って、驚いた。

☆まずは、「グリーンケミストリー」研究開発の成果としての、炭素繊維。これを使った電気自動車やエアバスが開発されている。

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炭素繊維「テナックス」は鉄の五分の一の軽さ。展示されていた電気自動車はこれをコア部分に使用した車だが、437キログラムという超軽量である。

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この炭素繊維を用いた「レクサスLFA」が、近いうちに(?)、3750万円で発売される予定という。

鉄やアルミなどの金属に代わり、エコロジカルな繊維が車や飛行機のボディになる、ということじたいに、ちょっと興奮をおぼえる。

☆情報やエレクトロニクスの最先端の領域でも、帝人の製品が。3D画面を見るためのメガネ、パスモやスイカの中に入っている高機能フィルム、タッチパネルに使われている透明導電性フィルムも。

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上の写真は、黒い中央部分にパソコンをおくだけでコードレスでインターネットにつながる、というテーブル。会議がものすごくスマートになりそうだ。

☆ヘルスケア製品。睡眠時無呼吸症候群を治療するための機器をはじめとする、在宅医療のための製品や治療薬を展開している。

2008年以降の不況で、受けた打撃がもっとも少なかったのがこの領域、と聞いて、なるほど、と。

☆そして数多くの受賞歴を誇る、エコサークルのシステム。衣料やペットボトルを、本来のポリエステル素材に戻し、また別の衣類へとリサイクルする。

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常に素材のポリエステルに戻しては、そこから新しく作り直す、という永久循環型のシステムである。これだとゴミを出さず、二酸化炭素の排出量は77%削減され、エネルギー使用量は84%減少するという。

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リサイクルされた繊維でつくられたエコスーツも展示されていた。しわになりにくいので、出張などには便利かも。

『モードとエロスと資本』のなかでふれた、「ロイヤルチエ」のエコファーに用いられていたのが、ほかならぬこの帝人のリサイクル繊維であった、と知ってちょっとうれしくなる。

資源が枯渇し、ゴミが増える一方の地球環境のなかで、このシステムを生かしたものづくりは、未来に希望を感じさせる「よき循環」の一例とも見える。

テクノロジーがここまで進化していたことを目の当たりにして、驚きと感動をおぼえる。これをいかに生かして、グローバル化と国内雇用を推し進められるような産業構造を作り上げていくか。産業界と学界と官公庁が一体となったビジネス・イノベーションが今後の課題、と長島さんは結ぶ。各界の垣根を取り払い、その間を、人も思いもスムーズに循環させることも大切かな、と思う。

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2010年7月14日 (水)

「ファッションを軽蔑する人は、ファッションを恐れている」

◇「クロワッサン」より著者インタビューを受ける。書いた本に関心をもっていただけるのは、とてもありがたいことである。感謝。

◇旧知の編集者ジュリちゃんと、ピエール・ガニェール@ANAインターコンチネンタルでランチ。ピエール・ガニェール・ア・トウキョウが南青山から撤退してさびしく思っていたら、こんなところに移転していた。

36階に、別天地のように広がる空間。外を見ながらゆったり並んで座れるソファ席もあり、夜のデートに使えばさぞかし艶やかなムードで過ごせるであろうなあ、と思わせる店。今日は女二人で色気のないことであるが。料理は期待以上にすばらしい。

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青山にあったときよりも、「わかりやすい美味しさ」が演出されているように感じる。メインは豚ロースのディアボロ風。辛口のロゼと一緒に。

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コーヒーについてくるプチフールも、小さいのにひとつひとつくっきりとしたパンチがある。食べられるスミレがのったチーズケーキ(上)、梅干し(!)のピューレ(中央)がとりわけ印象的だった。

スタッフの対応も、フレンドリーで、くつろげる。制服があまりにもかわいいので、どなたのデザインかと聞いてみたら、コシノジュンコさんとのこと。ポイントに赤が効果的に使われている。ソムリエの制服は黒っぽい詰襟だけど、ボタンホールの縁取りやそで口から見えるシャツにきれいな赤がちらちらと配されていて、テーブル周りでの所作を優雅に見せている。

◇「ファッションが教えてくれること」DVDで。「セプテンバー・イシュー(=9月号=広告がたっぷりとつく秋のファッション特大号)」ができるまでの、ヴォーグ編集長アナ・ウィンターを追ったドキュメンタリー。この人ならではの名言もちりばめられて(「ファッションを軽蔑する人は、ファッションを恐れている」には考えさせられる)、トレンドが実際に生み出されていく過程に関しても、発見が多い。アナ・ウィンターの働きぶりは、「一流の仕事人」のお手本として、かっこいい。

◇中央公論8号書評(by井上章一さん)感謝。

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2010年7月13日 (火)

「何をしていたか聞きたい?あなたの人生が変わるかも」

韓国映画「シークレット」、8月の公開に先駆けて一足先に見る機会をいただく。

監督・脚本がユン・ジェグ、出演が、チャ・スンウォン、ソン・ユナ、リュ・スンニョン、キム・イングウォンほか。

組織のナンバー2が惨殺された現場に向かった敏腕刑事が、そこに妻の痕跡をいくつも発見する。グラスについたピンクバイオレットの口紅、片方だけのイヤリング、上着のボタン…。必死に痕跡を隠そうとする刑事は、過去に不倫のあげく子供を事故で死なせたことがあり、妻に対して心の負い目を追っていた。

話が進めば進むほど謎が謎をよび、緊迫感のあるアクションがとぎれず続く。

最後にようやくひと段落、とほっとしたところで、「えーっ!?」と思わぬどんでん返しがあり、さらに続いて「ええーっ!?」と謎明かしがあって、これまでの伏線がすべて「ああ、あれはそういうことだったのか」とつながっていく。

全編熱くて濃い感情がどろどろに渦巻いているのに、二度どんでん返しが続くラストがクールで、ヒヤリとした感覚を残す。巧い。やられた、という感じ。衣装もスタイリッシュで、とりわけ組織のボス、ジャッカル役のリュ・スンニョンが着る「ザ・組織のボス」の衣装がいかれていて(←ホメ)、スンニョンのキレた演技を引き立て、強い印象を残す。

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『シークレット』

8月21日(土)よりシネマスクエアとうきゅう他全国ロードショー

(c) 2009 CJ Entertainment Inc. All Rights Reserved

■配給:CJ Entertainment Japan

■PG-12

公式HPhttp://www.secret-movie.jp/

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2010年7月12日 (月)

「あなたの代わりはいない」

「ヴィクトリア女王 世紀の愛」をDVDで。製作にマーティン・スコセッシやセーラ・ファーガソンもかかわっている。ヴィクトリア役にエミリー・ブラント、アルバートにルパート・フレンド。

18歳で即位したヴィクトリア女王の、アルバート公との結婚前後が描かれる。ヴィクトリア女王は中期~後期に光が当たることが多く、初期のことはあまり詳しいことは知らなかった。メルバーン卿との関係や母親との関係、国民の暴動があったことなど、はじめて知ること多。アルバート公がひたすら女王からのプロポーズを待たねばならない立場で、いったいヴィクトリアがどんなことばでプロポーズするのかと興味しんしんだったが、ごく自然なセリフで演出されていて、納得。

でもなんといっても圧巻の見ごたえは、衣装とインテリアだろう。史実に忠実で正確な、戴冠式の衣装と王冠(宝石の位置や大きさまでほぼ完璧)をはじめ、ワンシーンワンシーン異なるビクトリア朝初期の美しいウエストコンシャスな(男性も女性も)衣装の数々。とくにメンズのバリエーションが豊富なのに驚いた。ウェストコート二枚重ね、首回りのスカーフも二枚重ねで、着る方はさぞかしたいへんかと思うのだが、見るにはとても楽しい。チェックのトラウザーズや、刺繍入りジャケットなど、なかなか重厚なのにカラフルである。一着一着、きちんと採寸して仕立ててあるようで、俳優たちの身体にぴったりと合っている。衣装はサンディ・パウエルの仕事、すばらしい。

「僕の代わりはたくさんいるが、あなたの代わりはいない」とヴィクトリアをかばって負傷したアルバート。うらやましすぎる大きな愛。べたべたにストレートな愛のセリフも、この衣装ならさほど違和感もない。

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2010年7月10日 (土)

天空の恐竜

「地球最古の恐竜展」@六本木ヒルズ森アーツセンター。初日とあって盛況だった。東京タワーを見下ろす恐竜たちは、ちゃんと「アート」になっている。同じような展示を幕張でも見たことがあるが、こんなふうに「天空」に展示されると、見え方が違う。夜景のなかにある恐竜をまた見に行きたいと思ってしまった。

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展示の最後に「恐竜最後の日」みたいなミニドキュメンタリーが放映されていたのだが、知らなかったことばかりで衝撃を受けた。

恐竜全盛期のあるとき、地球に直径10キロメートルの巨大隕石が落下する。衝突の衝撃による熱波が周囲を焼き尽くし、3日間にわたって高さ300メートルの津波を引き起こし、灰塵が地球表面を覆って「衝突の冬」をもたらしたという。それが恐竜を絶滅させた。

そして哺乳類の時代がくるわけだが、やはり巨大隕石が落下したら、同じようなことが起こるのだろうか・・・とちょっとひやりとする。

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梅雨の晴れ間の蒸し暑い土曜。真夏直前のこの時期は、けっこう好き。

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メンズファッションの前衛性と多様性

◇「サライ」8月号発売中です。連載「紳士のものえらび」で「クリスティ」のタオルについて書いています。機会がありましたら、ご笑覧ください。

◇「ミレニアム ドラゴンタトゥーの女」DVDで。ラングドン教授ものにレクター博士のテイストもちょっと入れた感じの、北欧の孤島の冷やっぽい空気のもとでの謎とき。残虐で陰惨なシーンも多々あり。ヒロインのミステリアスな過去もじわりじわりとわかっていくが、最後まで明解にはならない。「恋はしない」媚びない天才ヒロインの、いきなり服を脱いで馬乗りになる行動から始まる関係が、今っぽい。終わった後、べたべたしたがる男に対し、「さっさとあっちへ行ってよ」と背中を向ける女なんて、これまで映画で描かれただろうか?

◇キャリー・ブラックマン著「メンズウエア100年史」購入。スーツ、ワークウエア&軍服、アーチスト、グッドガイ&バッドガイ、スポーツプレイヤー、反逆者、ピーコック、メディアスター、カルチュアクラバー、スタイリスト、デザイナー、それぞれの系統にわけてこの100年のメンズファッションを追った写真集。男のファッションは、かくも多様で変化に富んでいることがよくわかる、眼福の一冊。

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2010年7月 9日 (金)

「奇跡」を生む要素

昨夜は「芦田淳先生ご夫妻の奇跡の金婚式をお祝いする会」にお招きいただく@帝国ホテル。150名もの招待客。

芦田邸から50メートルほどのご近所という市川団十郎さん、女優の浅丘ルリ子さん、秋吉久美子さん、山本陽子さん、佐久間良子さん、高島礼子さん、星由利子さん、俳優の山下真司さん、西岡徳馬さん、辰巳琢郎さんらが、長く親しいおつきあいならではの芦田先生ご夫妻のエピソードを披露し、盛り上がる。最後は都倉俊一さんによるご夫妻への歌のプレゼント。

80歳でなお若々しくクリエイティブな仕事を続け、結婚50年を経てますます夫婦仲睦まじく、こんなにも多くの人々に祝福されるというのは、ほんとうに「奇跡」のようなことである。その奇跡は、並みならぬ努力と行動力、関わる対象への強い好奇心と深い愛情、周囲の人々に対する率直で熱い気配りの賜物でもあることを教えられた一夜であった。

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2010年7月 8日 (木)

「男はもうこれ以上苦しみたくない」

パリとミラノのメンズコレクションが終了し、各メディアで一斉に2011年メンズトレンドの総括がおこなわれている。

今年はケンゾーとロベルト・カヴァリが40周年、ドルチェ&ガッバーナのメンズラインが20周年、ラフ・シモンズが15周年、リカルド・ティッシによるジヴァンシーが5周年だったそうである。始めることもすばらしいが、続けるにはさらにたいへんな努力とエネルギーがいる。祝!

数ある総括記事のなかで、英「インデペンデント」7月5日付がもっとも興味深くまとめられていたように感じた。そのなかでも、とりわけ個人的に気になったのが、以下のトレンド。

・スコート(skort)。ショートパンツなんだけど、前面にフラップがついていて、スカートのようにも見えるというボトムである。コム・デ・ギャルソンが2008年あたりからスカートを出していて、トム・ブラウンもショートパンツを出し続けている。その流れが融合してきたような感じ? リカルド・ティッシ(ジヴァンシー)、ラフ・シモンズらがスコートっぽいものを提案している。 

・「男はもうこれ以上苦しみたくないのだ(I've become convinced that men don't want to suffer any more)」byクリス・ヴァン・アッシュ(ディオール・オム)。というわけで、ディオール・オムは、「レス・イズ・モア」(少なければ少ないほど、かっこいい)の袖なしVネックシャツや、ショールのような上着。シンプルに向かうトレンドは確実にあるようで、いつもはボリュームのあるコレクションを得意とするリック・オーウェンスも、「減量」感のあるバリエーションを提案。

あれこれ悩まず、スコートはいて性差の縛りからも自由になって、あっさりとシンプルに我が道を行こうとする男を、2011年男性像としてイメージしてしまった(あくまで個人的印象)。

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2010年7月 7日 (水)

女王も「リサイクル」ドレス

エリザベス女王もドレスを「リサイクル」、との報道。英テレグラフ7月6日付。

昨年秋、トリニダード・ドバゴで着用した白いドレス(同国の象徴の鳥の装飾がつけられていた)を、鳥の飾りをとり、スワロフスキーをたっぷりとあしらうことで「リサイクル」して、トロントでの晩餐会に着用したそう。今回はカナダに敬意を表し、スワロフスキーでメイプルリーフ(同国の象徴)のモチーフが形作られた。

この「リサイクル」ドレスに貢献したのは、女王のスタイリストでパーソナルアシスタントの、アンジェラ・ケリーのチーム。

白いドレスにきらきらのクリスタルのメイプルリーフが流れるような光を添えて、女王のシルバーヘアーと調和している。政治的メッセージ、時流への倫理的配慮(セレブだって同じ服を着まわし)が感じられるばかりか、なによりも、迫力の美しさ。女王、クールである。

http://www.telegraph.co.uk/fashion/fashionnews/7873996/Queen-wears-recycled-dress-to-banquet-in-Toronto.html

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2010年7月 6日 (火)

「千の心は千の方法でとらえねばならない」

オウィディウス著『恋愛指南 -アルス・アマトリア』(岩波文庫)読了。婚外恋愛の相手をいかにひっかけ、いかにことに及び、いかに愛を持続させるか、というローマの詩人による恋愛指南。オウィディウスは洒脱なパロディとして書いて、そのように笑って読まれるべき本であったはずなのだが、詩人は、風紀攪乱の罪でアウグストゥスによって流刑にされた。いわくつきの奇書。

具体的な「技術」を、おもしろおかしく書いているものの、「愛の技術」に関しては、現代においても通用する真実がちりばめられていて、人間の本質ってローマ時代からぜんぜん変わらないんだとあらためて実感。ただ、具体例にひきあいにだされるのが神話の神々、というのがわかりづらかった。知っている事例はついていけるけど、知らない事例のほうが多かったので。さらに、レトリックが高度すぎて難解なところがあった。事例を現代セレブに変え、レトリックをシンプルにして「超訳」として出したら、そこらのハウツーモテ本よりもおもしろくなると思うのだが。どうでしょう?

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2010年7月 5日 (月)

現場体験・絆・恋愛

松下政経塾 政経研究所所長の金子一也さんをお招きして、「舞台芸術における日本イメージの変遷」についてお話いただく。

「蝶々夫人」のハイライトシーンを、各国によって異なる数パターンの演出の比較を通して見ていきながら、「日本」のイメージがどのようなものとして認知されてきたのかをたどっていく、とても贅沢な時間だった。「蝶々夫人」を、全編通して鑑賞したことがない身にも、ハイライトシーンをつなぐ解説によって、おおよその筋書きがわかるように工夫してくださっていた。

「蝶々夫人」の他の芸術への影響(「アンタッチャブル」、「Mバタフライ」ほか)、舞台芸術で演出される日本のイメージに貢献したマダム貞奴、万博で活躍した「6ペンスプリーズ・ガール」などの話も興味深く、とても濃密で楽しいレクチャーを堪能する。

多くのリーダーを育ててきた立場にある方として、大学生への助言をお願いしたところ、「大学時代にやっておけばよかった、とリーダーの卵たちが後悔していること3つ」を挙げてくださった。

1.現場での体験(アルバイトなど)をできるだけ多く積んでおくこと。

2.先生との絆を築いておくこと(社会に出てから、絆が生きる)。

3.恋愛(イタイ思いをしても、最高の人生勉強になる)。

受け身なだけではなかなかできないことばかり。

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2010年7月 4日 (日)

階級なき社会の、陰湿で憐れな階級意識

林真理子『下流の宴』(毎日新聞社)。読み始めたら止まらなくなって一気に終りまで。中流から「上」に行きたい人のいやったらしーい階級意識を書かせたら林さんは絶妙にうまい。福原家的な人々の、きもちわる~い心理描写(←筆力をホメ)に、バーキンを他人に借りてまでファッション誌の読者モデルに出たがるというあんなこんなの事例が重なって、つい、笑いが。

下流だの上流だのといった狭い枠のなかだけでしか考えられず、見栄をはってきた人たちが迎える、皮肉な結末。「下流」「育ちが悪い」とさげすまされたタマオの一発逆転の過程も、ちょっと痛快。関係ないけど、私もご立派な方に「ファッションを学問にするなんて、カス以下」と嘲笑されたことで、けっこう踏ん張れた(笑)。嘲笑を真正面からぶつけられることも、あとから考えれば、悪くないかもしれない。必死にがんばっていると手をさしのべてくれる人が出てくるあたりとか、なにかを達成して別のステージに行くと、周囲の人間関係が変わっていくあたりなど、タマオの話にはしみじみするところが多かった。

現実の日本の「下流」社会の断片もなまなましく描写されていて、現代の空気の一部を確実につかんで活字にしてみせたような一冊。

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2010年7月 2日 (金)

笑わぬカリスマ

ヴィクトリア・ベッカムがレンジ・ローバーのデザインをすることになった、という記事。英テレグラフ7月1日付け。

車とファッションがコラボしていく流れ・・・というよりもむしろ、ヴィクトリア・ベッカムのとどまるところをしらない発展、と位置づけるべきなのか。自身のファッションブランドも成功させ、下着モデルとしても活躍。もうだれも「ベッカムの妻」とは見ない。ピン立ちしている。

それにしてもこの人は笑わない。笑顔のショットがみごとにない。それでどんどん格を上げていく。

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2010年7月 1日 (木)

グッチ vs グッチ

◇ラグジュアリーブランドのグッチグループが、創設者の子孫にあたるエリザベッタ・グッチに対して訴訟を起こす、という記事。英「インデペンデント」6月27日付。

エリザベッタ・グッチは、現在イタリアのインテリア&アクセサリーを扱う会社のアーティスティック・ディレクターで、グッチグループとは無関係。エリザベッタは「エリザベッタ・グッチ・ホテルズ&リゾーツ」というラグジュアリーホテルグループを展開しようと計画を立てており、今後15年で40のホテルを建設する予定。最初のホテルはドバイに今年オープンする。

で、グッチグループとしては、自分たちとは関係ないのに「グッチ」の名前を出してもらっては困る、というわけらしい。

とはいっても、創設者の子孫だから「グッチ」の名はこの人のものでもあり、悪意をもってかたっているわけではない。

ブランドの名前が、創設者ファミリーやデザイナー自身とはぜんぜん違うところで大きくなっている例はほかにも多々あるが、このように名前をめぐって訴訟が起きるのは、珍しいかも。

今後の行方を見守りたい。

◇書評感謝:東洋経済、日本経済新聞夕刊、週刊新潮。

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