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2010年5月

2010年5月30日 (日)

結末ではなく、過程が

◇「ローマ」後編、エピソード16まで見終わる。これまでゆるやかに進んできたあらゆる関係が緊迫し、ぬきさしならない濃密な緊張感をはらんでいく。セルウィリアとアティアの女二人のどろどろがもう、殺すか殺されるかの(でもどっちかが死んだらドラマにならない)おそろしく凄絶なところまで行ってしまう。おくてのぼっちゃんだったオクタヴィアヌスは、なにやら立派なオーラをかもしだして、アントニーを打ち負かすまでに。歴史の教科書ではもう「結末」はわかっているんだけど、そんな問題じゃないのだ。コドモだったオクタヴィアヌスが、母の愛人の敵となるまで。この過程が猛烈におもしろい。フィクションとはいえ。

ルキウス・ヴォレヌスと部下プッロが、血まみれになって去ったあとに、悪いやつの死体が転がっている、みたいな結末のエピソードがいくつか続く。これがえもいえず爽快に思えてくる。プッロ役のレイ・スティーブンソンはなかなか魅力的である。映画界でもブレイクしてほしい。

あと6エピソード。この世界から離れたくないので、ちょっと見るのをガマンして終わりを引き伸ばすことにする。

◇産経新聞書評掲載感謝。「左右両極制覇」(笑)と編集者ともども感激。

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2010年5月29日 (土)

「描かれたいかなる空間も虚構である」

ゼミ生&小人数クラスの学生さんたちとともに「ボストン美術館展」@六本木ヒルズ森アーツセンター。

そろそろ空いている頃かな・・・と思って選んだのだが、けっこうな混雑。とはいえ、鑑賞の大きな妨げになるほどではない。17世紀の肖像画から宗教画、18世紀の風景画、19世紀の印象派、ポスト印象派、そして20世紀初頭のキュビズムの先駆けあたりまで。西洋の絵画の歴史(の一部)を概観できる展示としても楽しめた。

印象派が生まれた背景に、写真の発達(写実主義が無意味に)、チューブ式絵の具の開発、浮世絵の影響などがあったことを話しつつ、ディスカッションをしたのだが、私がまったく気づかなかった意外な着眼点を披露していただいたりして、とても「印象的な」学習の機会になった。美術展も、多人数で見ると味わい深さが違ってくる。盛り上げてくれた学生の皆さん、ありがとう。

クロード・モネが描いた風景の数々が夢幻的で、「あちらの世界」に吸い込まれそうな強い引力を感じた。夢に見そうである・・・。

タイトルに書いたことばは、ポール・セザンヌの「池」について書かれていた、図録の解説からの引用。

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2010年5月28日 (金)

教育とは、「卵をかえしてひよこにする」こと

ことばの解釈は人それぞれである。とくに英語の「ラテン語の語源」というところまでいくと、その原義から、その人の必要に応じて、いろんな意味をひきだすこともできる。

私もしばしば「大胆すぎる解釈」をすることがあるので、他人の解釈についても鷹揚である。必要に応じた解釈をすることで、その人の役に立つならばそれでいいではないかと思っているふしもある。

でも、あまりにも「俗説」が大きくなりすぎると、水をさすようで申し訳ないかぎりだが、ちょっとだけ、言っておいたほうがいいかな?と思うことがある。

たとえば、教育という意味で使われる英語educationである。いろんな先生方が、いろんな「壇上からのあいさつ」や「学校広報」で「education の語源には引きだすという意味があって、こどものよいところを引き出すのが教育だ」とお話されたり書かれたりしている。すでに100回は聞いたかもしれない(笑)。そう言われてしまうと「なるほどなあ」と思えて、とても「使える」話であることは理解している。

でも、いちおう、英語の語源に関する権威である寺澤芳雄先生編の『英語語源辞典』(研究社)に書かれている情報を、紹介しておこうと思う。

「ラテン語educareの原義は『卵をかえしてひよこにする』ことか。『児童の隠れた能力を引き出す』こととするのは俗説のようである」

寺澤先生はとても謙虚な方なので、「断言」を避けているが、語源専門家は俗説は俗説として見ているということである。

教育とは能力を引き出すこと。おおいにけっこうな解釈だと思う。反論する気はまったくない。でもその俗説をあまりにもとくとくと、なんのギモンもなしに声高に唱える人が、最近はスポーツ界の監督や会社の社長さんにまで増殖しているので、ちょっとうんざりしてきたまで。

無理に引き出そうとしなくても、ただひたすらあたためつづけて時を待つ(こっちのほうがたいへんな仕事だ)ことで卵はかえる、っていうこともあるのだ。

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2010年5月26日 (水)

やや野暮で、フェミニン

◇キトンヒール、流行の兆し。ここ2,3年の摩天楼ヒール、リムジンヒールのブームがついに頭打ちのようで、少しほっとする。ランウェイで、モデルが何人か靴をはきこなせずに転倒する、というのは、たしかに異常な事態だった。

1.5インチ(4センチ弱)の、地に足のついた感のある靴、とりわけ、キトンヒール(低いピンヒール)を、各ブランドが展開している。ミシェル・オバマとカーラ・ブルーニの影響も大。マキシスカートにローヒール。力を抜いた、やや野暮な感じ(よいニュアンス)、でもフェミニン、というスタイルが好まれる空気を感じる。

このあたりの前後の文脈を、くわしくは「端麗」に書いた。中国にご出張予定の方、機会がありましたらご笑覧ください。

◇「エンジン」7月号、巻頭の編集長エッセイのページで、本が紹介されていた。というか、ほとんど最初から最後まで、本(の第一章)の紹介にあてられていたような。感謝。

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2010年5月24日 (月)

きっかけも、モチベーションも、人

日本企業の海外戦略を調べる必要が生じて、各企業の戦略を紹介する本はじめ経済関連の本を30冊ほど買い込む。頭にすぐに入ってこない用語もまだ多々あるが、経済界のおもしろさにようやく気がつきはじめた感じ(←遅い・・・)。宮内淑子さんのネットワークからも、影響を受けていると思う。経済界の方々から聞く「物語」から多くの示唆を受けることが増えている。

買い込んだ本のなかで、とりかかりとして面白かったのが、村上龍と小池栄子×経済人の「カンブリア宮殿」1,2。テレビはなかなか見る時間がないのだが、対談のエッセンスが読みやすくまとまっている。村上龍による、対談後のコメントも熱くておもしろい。社長さんたちの心構えや発想に学ぶところ大。とりわけ日本交通をたてなおした若い社長の話が心に残る。「なんのためにこのたいへんな仕事をするか」というぎりぎりの唯一のモチベーションが、母親だったと。

本人はまったく意識しないでも、だれかに学ぶきっかけを与え、だれかに働くモチベーションを与えているということがある。

それはそうと、黒タクの運転手が、他の色のタクシーの運転手よりも、レベルが上であったとは知らなかった!

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2010年5月23日 (日)

古井戸を汲みつくすと新しい石清水がわくように

◇朝日新聞22日付、「磯田道史のこの人、その言葉」、大錦卯一郎の巻。

「打突り稽古で、根も力ももう是れ限りと思ふと、いつともなく不思議に新しい力が湧いて来ます」。

力士としては入幕以来の勝率は86%、早稲田大学の政経を卒業の後、実業でも成功、巨万の富を得て生涯を終えた人。こんなすばらしい人が日本にいたとは、知らなかった。

限界に挑戦することで新しい力がわく、という法則に納得。「つかれた~」といやになるのは、限界に挑戦してないで、なあなあで済ませようとした時である。「これ以上、ない」というほど仕事をしたり考えたりしたあとは、かえって心身が軽いことが多い。

◇朝日新聞書評欄に、小さく「モードとエロスと資本」が紹介される。小さいが(「←ちっちゃいことは気にしない、ソレワカチコワカチコ~」と次男がフォローしてくれる)。

感謝。

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2010年5月22日 (土)

ウィキッドなハンサム

◇ブランメルのことを話す必要に迫られて、あらたに調べ直していたら、2006年にジェームズ・ピュアフォイ主演でつくられたイギリス映画「ボー・ブランメル:この魅力的な男」が、ユーチューブで全部見られるようになっていたことを発見。約9分ずつ×9回分。でも画像は粗いし、音楽もセリフも不鮮明だし、もちろん字幕もついていない。著作権は大丈夫なのかとか気になり始め、かえってフラストレーションがたまる。リージョンコードがちがうDVDを買っても、日本のデッキでは見られないし。わざわざそのためにデッキを買うのもためらわれる。

この映画を字幕付きで、日本で発売してくれる太っ腹な会社はないものか。ブランメル伝説のエピソードが現代的な解釈でちりばめられた、一定のニーズは期待できる歴史映画だと思うのだが。

主演のジェームズ・ピュアフォイは、テレビドラマ「ローマ」でも、マーク・アントニーの役ででている。wickedly handsome と形容されていたが、なるほど、こういうところにも wicked を使えるのか。ちょっとワルくていたずらっぽくてイジワルな感じが、いっそうたまらなく心をわしづかみにするようなハンサム、っていうニュアンス? このひとはジェームズ・ボンド役の候補にもなっていた。結局ダニエル・クレイグに決まったけど、たしかにピュアフォイは007も似合いそうだ。

ピュアフォイの誕生日が6月4日、ブランメルが6月7日。二人とも私と近い誕生日で、ちょっとだけ嬉しくなる(単純)。

◇調べものの延長で、10年前に出した「スーツの神話」(絶版)という本のブランメルの項目を読みかえしていたら、なんだか他人が書いた文章のような気がしてくる。今ならこうは書かない、というアラばっかりが気になって、恥ずかしくなるやらいたたまれなくなるやら。でも当時はあれはあれで全力を出したつもりではあったのだ。10年で、社会も自分をとりまく環境も、文体(に対する好み)も、ずいぶん変わった。

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2010年5月21日 (金)

どこでなにがつながるか

◇本はいったん世に出たら「読者のもの」である。どこでだれがどのように読むのか、作者はコントロールすることなどできない。ときどき、思わぬところで意外な読み方をされていることを知り、驚くこともある。

たとえば昨日、中学校の同級生がひさびさにメールをくれたと思ったら『モードとエロスと資本』が20日付の某政党機関紙「赤旗」で引用されている、と(←GOKIちゃん、教えてくれてありがとう!)。一面のコラム「潮流」という欄で、引用というより、コラムの大半が本の紹介にあてられていた。私の生活圏にもっとも「ない」ものといえば政治色で、まさか政党の機関紙にとりあげられるなど夢にも思わなかっただけに、ちょっとびっくり(とはいえ、ご紹介いただき、感謝します)。

◇「ニューヨーク・タイムズ」の「Tマガジン」19日付で、「タイツをはいた男」の歴史。ラッセル・クロウの新作「ロビンフッド」にからめての記事だが、どうやら、ラッセルは観客の熱い期待にこたえず、タイツをはかなかったらしい(映画は未見なので、いったい何を着てロビンフッドを演じたのかは今のところ不明)。

で、備忘録までに、タイツ男の歴史。こんな男たちが紹介されていました。

・1537年 ハンス・ホルバインが描いた「ヘンリー8世」。

  この絵は私も大好きで、何度も引用! スカートとコッドピース、シルクストッキングでの脚線美、詰め物たっぷりの胴体は、チューダー・マッチョの極み。

・1922年 ダグラス・フェアバンクス主演の「ロビンフッド」。

 タイツとキュートなベストに帽子。

・1938年 エロール・フリン主演の「ロビンフッドの冒険」。

 グリーンのタイツとベルベットのケープ。現在のロビンフッドのイメージは、たぶん、このエロール・フリン版の緑のタイツで決まったのでは?

・1959年 「お熱いのがお好き」のジャック・レモンとトニー・カーチス

 女装だからな・・・。男らしさとしてのタイツ、という観点ではちょっとはずれる気も。

・1966年 「白鳥の湖」のルドルフ・ヌレエフ

 未見。一度見てみたいと思い続けている、男版の白鳥の湖。

・1978年 「スーパーマン」のクリストファー・リーヴ

・1993年 ケアリー・エルウィスの「ロビンフッド:タイツをはいた男」

 タイツ男に対し、ややからかいの調子も入る。

以上。それにしても、ラッセルのタイツ姿、観たかった~!

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2010年5月20日 (木)

マキシがあらわす気分

◇マキシ(くるぶしまでのロングスカート)の流行は日本だけかと思っていたら、どうやら(少なくとも)イギリス、アメリカでも。

英「タイムズ」でリサ・アームストロングがマキシについて記事を書いていた。

おもしろかった指摘が、マキシは「フェイクタン」(すじ脚に見せるための、なんちゃって日焼け)やハイヒール、「脚がソーセージのように見えないか?ジレンマ」から開放してくれる、という話。なるほど、脚を覆い隠し、ハイヒールとは相性の悪いマキシは、「ちょっとラク」したいという気分のあらわれかも? ここ数年続いたウルトラヒールの緊張に疲れたのかもしれない(笑)。

同記事内で、「アメリカン・ヴォーグ」による、新しいスカートのはきかたの提案も紹介している。「日中はロング、夜はミニ」と。

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2010年5月19日 (水)

ドレスが、歴史的アイコンになるとき

◇英「テレグラフ」19日付で、ここ50年間での「アイコン的」なドレス、ベスト10の発表。

1.スパイス・ガールズのひとり、ジンジャー・スパイス(Geri Halliwell)が着た、ユニオンジャックのミニドレス(これはデザイナーものではなく、ミニドレスにティータオルを縫いつけただけのものだった)。

2.エリザベス・ハーレーが「フォー・ウェディング」のプレミア(1994年)で着た、ヴェルサーチェの安全ピンドレス(これで一躍ハーレーは時の人に)。

3.マリリン・モンローが「七年目の浮気」で着た、白いドレス(地下鉄の通風孔の上でふわっ)。

4.オードリー・ヘプバーンが「ティファニーで朝食を」で着た、ブラックドレス(何度もコスプレの対象に)。

5.レディ・ガガが「ブリットアワード」で着た、白い衣装。

6.ダイアナ妃のウェディングドレス。デザイナーはエマニュエル夫妻。

7.カイリー・ミノーグが2000年の「スピニング・アラウンド」のビデオで着た、ゴールドのホットパンツ。

8.ジェニファー・ロペスがグラミー賞授賞式で着た、グリーンのヴェルサーチェのドレス。

9.ビヨークが2001年のアカデミー賞授賞式で着た、白鳥ドレス。デザイナーは、Marjan Pejoski(ビヨークが「卵」を産んでました)。

10.シンディ・クロフォードがアカデミー賞授賞式で着た、赤いヴェルサーチェのドレス。

着る人のキャラクターとばっちり合って、人とドレスが互いに引き立て合っているようなとき、歴史に残るドレスが生まれ、それを着る人も、後世まで語り継がれるアイコンとなってきたことが、よくわかる。

◇英「インデペンデント」19日付、シセイドウが「ディジタル・コスメティック・ミラー」という、ヴァーチャルに製品を試すことができるものを世に出したという話を知る。

記事は、シセイドウに続き、ティソー(時計ブランド)がセルフリッジズと組んで、ヴァーチャルに製品を試すことができるシステムを導入、という話がメインなのだが。

英シセイドウの試みは、日本ではおこなわれているのだろうか? 

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2010年5月18日 (火)

残虐性とエロスに満ちたローマの物語

イギリスのTVドラマシリーズ「ローマ」前編、12話見終える。ジュリアス・シーザーがルビコン川をわたり、ポンペイウスを追って滅ぼし、エジプトを支配下に置き、「神」のような高みにのぼり、暗殺されるまで。シーザーやマーク・アントニー、クレオパトラ、ブルータス、キケロ、カトー、スキピオらローマ有名人のことは、フィクションで断片的にしか知らなかったので、はじめて全体がつながって「そういうことだったのか・・・」と理解した。

男たちの権力争いに加えて、女たちのドロドロの戦いも等しく描かれ、兵士とその家族を通して平民の苦悩も同じように描かれる。今も変わらぬ人間の感情を通してローマの全貌に近づける、ほんとうによくできたドラマだと思う。

凱旋式など映画ばりにゴージャスなシーンもあるが、拷問、奸計、裏切り、暗殺、復讐、凌辱、殺戮、自殺、公開処刑、レズビアンに近親相姦、どちらかといえば残虐でスキャンダラスなシーンも多い。毎回タイトルロールにドクロが出てくるのだが、見終わったあとは、ドクロがカタカタと音をたてているような印象が残る。けっして「すっきり」はしない。どんな栄華を誇ろうと、どんな奸計をはたらかせようと、どんなに人を憎もうと愛そうと、皇帝も元老議員も兵士も奴隷も、いずれみな等しくドクロになる。

ひとりひとりの人間の描き方が紋切り型ではなく、複雑で生々しいのだが、とりわけ驚いたのが、クレオパトラ。妖艶な成熟美女を想像していたのだが(エリザベス・テーラーのクレオパトラの残像か)、このドラマではボーイッシュなショートカットで、こずるい感じもする小娘である。シーザーとの子が、「実はローマの一兵卒の子かもしれない」とにおわせる設定には度肝を抜かれる。クレオパトラのみならず、高貴な身分のアッティアも、思い切り下の身分の男に命じて交われ、と。残虐シーンのみならず、エロチックなシーンも遠慮してない。

これから後編のボックス、12話分。面白いけど、重たいので、見終わってしまいたいような、とっておきたいような、微妙な気分である。

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2010年5月17日 (月)

半陰影の影響力下にあることが、「おかげさま」

◇集英社新書から『モードとエロスと資本』出しました。ご笑覧いただけますと幸いです。どんな本なのか、OPENERSで、ちょこっと紹介しています。

◇荒俣宏『アラマタ美術誌』(新書館)読み終える。日ごろ目にしていながら、あまり深く考えることもなかった影や鏝絵などについて、古今東西の豊富なデータを独創的な解釈で結びつけ、「おおっ!」という知の世界を現出させる。やはりすばらしい。そもそも物書きとしての方向に決定的な影響を受けたのが、『帯を解くフクスケ』だった。当時よりもアラマタ節はまろやかになった印象があるが、こうして今も、遠い彼方とはいえ、行く先を照らしていただけるのが心強い。

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2010年5月12日 (水)

「迷ったら、やる」

視察を終えたあと、代表取締役グループ代表、南部靖之さんのご講演。

表向きのテーマは「これからの働き方はどうなるのか」ということであったのだが、話題はじつに多岐にわたった。アーバンファームをつくるまでにいたった具体的な経緯、ご自身が受けた教育の話やご両親のこと、アメリカの教育観との比較に基づいた今後の教育の話、現在の日本の労働問題やそれを解決するために実行していること、仕事を続ける上での哲学、などなどが、お笑いをまじえ(関西の方であるなあ)、大きな身ぶり手ぶりで、パワーポイントなんぞ一切なしの話術だけで、ドラマティックに楽しげに語られる。笑えるばかりでなく、内容もぎっしり充実している。何をどこから書いていいのかわからないくらいの圧倒的な情報量だったのだが、とりわけ印象的だったことがらを、以下、ランダムにメモ。

★座右の銘は、「迷ったら、やる」。ビル内で稲作をするというプロジェクトも、最初はだれもが「できっこない」と反対した。でも、やろうと思って、「なぜ、できないのか?」を調査した。その分野のエラい先生が、1000ページにわたり、「できない理由」をぎっしり書いた論文を書いてくれた。ところが、あるとき、「農業従事者」の方に「これだけ資金を投資して環境を整えても、ビル内で米が実らないのはなんでかね?」と立ち話で聞いてみたら、3つ、理由を教えてくれた。

  1.雨が降らん (水分の問題じゃない。雨があたった瞬間、空気が稲に入ることが大事なのだ。だから、空気を送り込め)

  2.風が吹かん (嵐や台風も必要だ。一方からじゃなく、あっちからもこっちからも。強風を双方向から交互に毎日、一週間送りこめ)

  3.あんた、関西人で、ケチやろ (ぎっしり苗を埋め込むな。30センチ間隔をとるべきところ、あと15センチほど広げ、せめて40センチほどに、間隔を広げたらいい)

この3つの助言が、突破口になって、実現したという。立派な学者先生の1000ページの論文より、実際の農業従事者の3つの助言。

★丸の内と大手町には、ベランダのあるビルはない。窓も開けられない。でも、ベランダがほしかったし、窓も開けたかった。だから、地道に、ひとつひとつ、交渉を重ねていった。

ベランダに関しては、「ベランダと思わずに、でこぼこの壁やと思うてくれ」ということで、表向きは「でこぼこの壁」ということになっているベランダをつくることに成功。窓に関しても、交渉を重ねに重ね、結果、窓も開いてベランダもある、という思い通りの環境を実現。

当初ムリだと言われた理想が実現したばかりか、ビルを視察した大臣が「補助金を出そう」とまで言ってくれ、東京都からも補助金が出ることになった。

★子供のころ、大きなお花畑の中に入りたい、という夢があった。その夢を実現すべく、現在、ポピーの花畑をつくってその上にガラスを張り、そのガラスの上で音楽会を開くというプロジェクトを計画中。お花畑の中の音楽会、というわけである。多くの人の「子供のころの夢」だからこそ、実現したら多大なPR効果も発揮する。

★ご両親は、南部さんに、価値の多様性を教え込んだ。算数が100点、ピアノがうまい、絵が上手、これらはすべて同じ価値がある、と。南部さんは絵を描くのが好きだった。お母さまは、南部さんの絵を、10円で買ってくれた。算数で100点をとるお兄様の絵は買わないのに。「勉強で負けても、絵で勝つことができるんや」。この経験が、大きくなって、勇気に変わった。

★高校時代、数学の点数があまりにもヒドイので恥ずかしがっていたら、お父様が一喝。「試験の点数が悪いのは、恥ではない。人に迷惑をかけたときが、恥なんや」

★経営者とは、お金を儲ける人。創業者とは、お金を使う人。(経営者は多いが、創業者は、少ない。)

こうしたい、こうすべき、と思ったら、他人を批判したりせずにまずは自分で実行する。そんな姿勢が南部さんの道を切り開いてきたということがわかるエピソードは、ほかにもたくさん紹介されたのだが、なかでも印象的だったのが、若い人たちの雇用問題に関し、鳩山首相に手紙(というか大時代的な筆字の巻き物!)を書き送ったというお話。

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「人は国家なり」とか「大志鳳翔」ということばが太字になっている。鳩山さんがすぐに会ってくれたというオチにも感動する。ほかにも経済界の重鎮50人ほどにこのような手紙を送ったという。「もらった方は、果たし状かと思ってどきっとする」って、そりゃあこの迫力にはびっくりする(笑)。

実際、パソナは、就職できなかった大学生2200人ほどを一時雇用した。研修をおこない、他社への就職を支援する。背景には、若者の履歴書に空白を作らせない、という南部さんの熱い思いがある。うち、400人ぐらい就職先が決まったそうである。

メンバーから、質問が出る。「『迷ったら、やる』といっても、誰もやらないようなことをやろうとするとき、失敗がコワいということはないですか?」、と。それに対し、「答えはこの本の中にある!」とおみやげに本をもらったので(笑)、帰途、読んでみた(竹中平蔵・南部靖之・共編『これから「働き方」はどうなるのか』PHP)。以下、要約して抜粋。

・まずは思い込み。自分はできる、必ず成功すると信じ続ける。それが決意に、夢に、志に、変わる。

・そして、心構え。自分の夢や志を周囲に表明する。すると必要な情報が入ってくるようになる。

・最後に、出会い。縁を大切にすることで、道が開け、夢が現実のものとなっていく。

自ら発信⇒周囲に人や情報が集まる⇒縁が運に変わる⇒夢が実現。

強く思い込み、発信し続け、縁を大切にし、運をつかむ。心の底から信じていれば、コワくない、と。その過程には並みならぬ粘り強さや常識破りの楽観も必要、という生きた模範例を見せていただき、エネルギーと情熱のおすそ分けをいただいた。感謝!

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2010年5月11日 (火)

「第四次産業」としての農業

第118回次世代産業ナビゲーターズフォーラムに参加@大手町パソナグループ本部。

パソナ本社の「アーバンファーム」を視察したのち、ファームの採れたて野菜を使ったサラダをいただき、社長の南部靖之氏の講演(「これから働き方はどうなるのか」)を聴くというプログラム。

パソナ本社に一歩足を踏み入れただけで、そこは別世界。一面の稲が迎えてくれる。

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室温は28度に保たれ、5万ルクスの光が照射され、そよ風も吹いて、水も循環している。ビルの中に三期作(!)ができる環境が整えられているのだ。側面には背の高いロシアひまわり。

「お稲様」を育てる装置にひととおり驚いた後、なんのために都心のビル内で稲作??という疑問が当然わきおこるのだが、話を伺ううちに、「働く人の健康」「第四次産業としての農業」「自然との共存」をテーマにする会社の、象徴のような存在でもあると感じる。

1階から8階までのフロアのいたるところに、植物が育てられている。フロア一面のマーガレットもあれば、

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廊下にはパプリカ、天井にはゴーヤ、引き出しの中にまでスプラウト。ディズニーランドの「隠れミッキー」のように、「こんなところにまで!」と驚くような場所に植物がある。

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社員の一人一人が交替で水遣りをするそうだ。仕事とは関係のない作業をみんなでやることで、コミュニケーションも活発化する。

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オフィスの片隅にトマトがなっている。トマトの成長を日々、眺めていると、「自分もがんばろう」という気になれるそうである。

自然との共生、ということばから連想しがちだったのは、大きな自然が最初にあって、そこに人間が入り込んで自然のシステムを壊すことなく生活していく・・・・・というようなイメージであったのだが、ここではそれがまったく逆になっていることがわかる。人間が仕事をする場所に、自然をもちこむ。人間が仕事をしながら、快適さを失わずにトマトや稲や花を育てていく、という姿勢が追求されている。

そのためには最先端のIT技術も駆使されねばならない。農業が「第四次産業」と位置付けられている理由にも納得。

「アーバンファーム」で育てられた野菜は、社内のカフェテリアなどでも提供される。とれたての野菜をいただいたが、やさしい歯触り。

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「地産地消」ならぬ、「自産自消」。移動途中での野菜のビタミンの損失も最小限に抑えられる。

「アーバンファーム」の壮観をひとめみようと、各国から毎日のように視察団がお見えになるそうである。こちらから出向かなくても、人がどんどんやってくる。営業マンを一万人雇うほどの価値がある、とは南部社長のことば。プロジェクトにかかる費用が「戦略費用」に分類される、という広報担当者の説明を聞いて、なるほど、と。

最初はだれもが「ムリだ。」と言ったというこのプロジェクトを実現させてしまった南部氏は、やはりとてつもないエネルギーと情熱の持ち主であった。その講演の概要は明日のブログで。

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2010年5月10日 (月)

流行は現場で起きている?

◇「サライ」6月号発売です。連載「紳士のものえらび」でコンウェイ・スチュワートの万年筆について書いています。機会がありましたら、ご笑覧ください。

◇この2週間ほど、連休中、出勤途中に観察して気になっていたこと。20代前後とおぼしき女性の、10人中7人ほどが、白いコットンのフルレングスのロングスカート(またはロングワンピース)に、デニムのボレロ丈ジャケット(またはデニムシャツを腰しばり)、という組み合わせの装い。このトレンドは、どこから発しているのだろう? ファストファッション系? 

また、ストッキングの着用率が著しく低いことも目に留まる。スカート(またはチュニックワンピース)の下には、レギンスまたはスパッツ。けっして肌色ストッキングなどではないのである。完全な素足でもない。肌色シャイニーストッキング(またはスジ脚強調の生足)は、「おばさん世代(?)」のみ。これって、どこ発のトレンドなのか・・・。

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2010年5月 8日 (土)

「しっぽ茶」の意味はと言われても

「劇場版トリック3 霊能力者バトルロイヤル」@六本木ヒルズTOHOシネマズ。

ゆるめの各種ギャク満載でありながら、脚本は骨太で、切ない悲しみやら苦みやらもちりばめて、「火をもって火を制する」大きなトリックであっと驚かせる。「しっぽ茶」「上田人形」などのシュールな細部がきめこまかくて、それもまた妙な可笑しさにつながっている。仲間由紀恵、阿部寛にまつわる「ごくせん」「ドラゴン桜」「チキンラーメン」の楽屋落ちギャグもちらりといい塩梅。松平健のカリスマ霊能力者ぶりも、浮かずにはまっている(重厚であればあるほど可笑しさが増す)。笑って驚いて少し泣けて、の感情のジェットコースターを提供してくれる満足度の高い一本だった。

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2010年5月 7日 (金)

「程よく威圧しながら、好意を見せる」

「クレア」6月号、齋藤薫さんによる小泉進次郎の異常人気の分析が面白かった。最初は「顔だけで充分」だったはずが、いまや「8割の女が『いい!』と言う」ほどまでの人気を獲得。その秘密を美容的見地から分析している。

「目は何だかハンターの目のように鋭いのに、じつはこの人いつも口もとが少し笑っている。いつも心もち口角が上がっている。このバランスがまず見事。相手を程よく威圧しながらも、好意を見せる。硬軟を巧みに使い分けて人に対していくから、すっかり相手はコントロールされてしまう。男の好感度はこうして生まれるのだという見本みたいに。

そして迫力いっぱいに声を張り上げるのに決して熱くならない。怒らない。まったくもって冷静」

なるほど! こんな硬軟のバランスのいいルックス・声の魅力に加えて、血筋のよさ。臨機応変がきく頭の回転の早さや演説のうまさも見せつけるんだものなあ。女たちは、おじいさん世代の新党のゆくえなど眼中にないが、進次郎氏の成長ぶりは楽しみに見守っているようだ。

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2010年5月 6日 (木)

日々の小さな選択の積み重ね

移動の合間などに少しずつ見ていた「マッドメン」シーズン2のボックスを、すべて見終える。

過去を偽り、欲望と才能全開で突き進んできたドン・ドレイパーが、出張の折に仕事を途中放棄したあげくに「自分見直しの旅」に出る過程が意外で、ウェットな面白さが加わっていった。キューバ危機とドンの結婚の危機、会社の合併の危機という3つの大きな危機が同時進行していくあたりの脚本のうまさは圧倒的である。善でも悪でもない複雑な人間を、複雑な関係のなかに、リアルにスタイリッシュに描いていく。

ペギーがピートに子どものことをはじめて告白する場面の、ふたりの表情にひきこまれる。それぞれの心中にどれだけの思いが・・・と想像をかきたてる抑えた演技が、とてもいい。

シーズン1の最初に比べると、それぞれの人間の立場や関係がかくも大きく変わっていることにも驚く。とくに大事件が起きたというわけではなく、それぞれの、日々の小さな選択の積み重ねによって、大きな違いが生まれていることに気づかされる。なにげに教訓的なドラマでもある。

おまけについていたディスクでは、ホワイトハウス案内、キューバ危機や公民権運動、ブラジャーの広告がおしすすめた女性解放、マリリン・モンローの影響力など、当時の社会状況が、貴重な映像とともに紹介されている。ドラマのなかのセリフ、広告、テレビはもとより、、有色人種の役割、下着、インテリアにいたるまで、正確な時代考証に基づいていることが、あらためてよくわかる。

シーズン3はまだ出ていないようなので、次なるドラマシリーズとしてHBOの「ローマ」前・後編のボックスを買う。3話まで見たが、こちらも綿密な時代考証に基づいたローマ時代を背景に、ありのままな人間のドラマが展開していく。

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2010年5月 5日 (水)

チャブ台の語源が

こどもの日ということで、次男のリクエストにこたえ、横浜・桜木町。Photo_2

新しい施設もオープンしていて、かなり混雑している。遊園地のお決まりコースをひととおりまわった後、横浜みなと博物館と帆船日本丸の探訪。いつも外から見るだけだったが、中まで入るのは初めてのことであった。

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思わぬ収穫も多かった。「ポンコツ」の語源がpunishment、「チャブ台」のそれがchop house、「ウワヤ」はwarehouseで、「ペケ」がpig。そんなこと夢にも思っていなかっただけにびっくり。博物館っていうのは、なにかしら、得るところがあるものだ。

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観覧車と日本丸とパンパシフィックに加えて鯉のぼり。なんだか「てんこもり」感を覚える。

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2010年5月 4日 (火)

クリーニングアップ

インターネットもモードもワインも、あえて「ない」生活をまるまる4日間おくる。野生の感覚をとりもどすというか、心のクリーニングアップをするには、よい機会だった。モードやファッションなど、人間のふつうの生活にとっては周辺的な些事である、とあらためて客観的に認識してラクになる。些事だからいいかげんにしてよい、という意味ではまったくないが。そういうものを議論の対象にするような仕事が続くと、大きな枠のなかでのバランス感覚を持ち続けることが、難しくなることがある。

3分ごとに電車がくるような喧騒のなかに戻り、別の次元でほっとする。どちらも不可欠。

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