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2010年4月

2010年4月27日 (火)

「何時何分」ではなく、「いまがいつか、ここがどこか」

「エンジン」6月号、中川ヨウさんによるレディ・ガガ評。

「ガガの裸には物語がない。あまりにダイレクトな性表現は、『見るだけでいい』『実際にはしない』という昨今の非リア充(バーチャルな世界重視の)男女の象徴だ」

こういう見方もあるのか、と感心。リアリティと無関係なエロスなら、どこどこまでも過激にナンセンスに炸裂してくれるほうが、ぜったい楽しい。

同、矢作俊彦さんによるブライトリング「時」のエッセイ、「私はどこの何者か」。

「たとえばショーン・コネリーが美貌の中国人秘書を抱き寄せ、濃厚なキスをくれてやりながら肩越しに自分の腕時計を見るとき、リチャード・ウィドマークがホットドッグに砂糖をかけて食べる巨漢に手錠を打ちながら、腕をぐっと突き上げて時計に目を走らせるとき、そしてリー・マーヴィンが懐で消音拳銃を握りながら、暗がりでそっと腕時計に目を走らせるとき、彼らは決して時刻を確かめているのではない。

類例ならいくらでも挙げられる。これら映画の男たちにとって、時刻はどうでもいい。自分のいまがいつか、自分のここがどこか、彼らは絶えず確かめずにはいられない。

(中略)だから、彼らが情事の前に腕時計を外すのは理に適っている」

しぶいレトリック、ロマンチックな詭弁にうなる。この手のエッセイでは、いかに絵を見るような具体例がたくさんでてくるかが勝負どころでもあるが、そのネタの収束のつけ方もハードボイルドでかっこいい。

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2010年4月26日 (月)

「自分に対して誠実でいることが絶対にエネルギーになる」

入江敦彦さんの『ゲイ・マネーが英国経済を支える!?』(洋泉社)読み終える。入江さんのキャラクター全開の楽しく軽い筆致でありながら、かなり細かくたっぷりとした量のデータに基づいて骨太に書かれている。これだけのデータを集めるのはものすごく大変なことだが、その大変さを読者に感じさせないのは、さらに力量が要ることだ。

ゲイの世界がこれほど経済とカルチュアに食い込んでいたとは・・・。これまで自分が見てきたと思っていた「クール・ブリタニア」の光景ががらりと一変するほどの衝撃だった。読後、景色が、それこそピンクに染まって見える(笑)。

「ピンクポンド市場と文化ソフト産業は互いに支えあっている。たぶん、どちらかがなくても決壊してしまう」

ゲイが動かす経済と文化ソフトの関係が解き明かされている過程もスリリングであったが、ゲイの人々の繊細でやや気難しい内面を文化ソフトとの関係のなかで解説する後半も、ひとしお興味深かった。「受け容れられる(アクセプタンス)」という感覚にはとても敏感に反応し、積極的に行動するが、それをはっきりと狙った見え透いたやり方にはソッポを向く、とか。ほんとプライド高いんだから(笑)。

ロシアのプーチン大統領の上半身ヌードの話は、私もuomo誌上でネタにしたことがあったのだが、あれがロシアのゲイコミュニティで人気を集めて支持率を伸ばすことにつながった、という指摘には驚いた。そこまで気づくはずもなかった私は鈍感もいいとこ。

マシュー・ボーンの「白鳥の湖」と映画「リトルダンサー」のつながりの指摘も、ゲイ視点ならでは。「マンマ・ミーア!」「シカゴ」「メリー・ポピンズ」「オズの魔法使い」までも<キャンプ>、という見方には、目からうろこ。

<G指数>なる言葉がビジネス界に存在するということも驚きだし、最後に集められた「ピンクリスト」には茫然とするばかりであった。政界、経済界、メディア界の、あの大物もこの大物も、ゲイだったのか! ゲイであることと、そのセクシュアリティがその人の仕事の成果にどのように関わってくるのか、ということがきちんと説明されているところが、圧巻。このあたりになると、頭がくらくらしてくるのも本当なのだが(笑)。

タイトルは、1997年に保守党の巨人に打ち勝って奇跡の当選を果たしたゲイの政治家スティーヴン・トゥイッグから、入江さんがひきだしたことば。

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2010年4月25日 (日)

ロストシップ

連休前恒例映画、「名探偵コナン 天空の難破船」。細菌テロに世界最大の飛行船乗っ取り、そこに隠された思わぬ意図、などなどがからんで、緊張感のあるアクションとギャグのバランスもよく、期待をはずさぬ面白さ。今回はとりわけ快盗キッドの見せ場がよかった。10年以上もこのレベルを維持し続けるのは、たいへんなことだなあ。

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2010年4月22日 (木)

政治家のスーツスタイルは、メタファーである

英各新聞のメンズスタイル欄に最近頻繁に登場しているのが、ニック・クレッグ。野党第二党のLib Dem(自由民主党)の党首で、童顔の43歳である。先だってのテレビ公開討論会では、現首相で労働党党首のゴードン・ブラウン、野党第一党の保守党党首デイヴィッド・キャメロンをおさえて、高ポイントを獲得していた。

ネクタイが象徴する3人のテーマカラーがわかりやすい。ブラウンは赤よりのパープル、キャメロンはブルー、そしてクレッグは金色である。

英「フィナンシャルタイムズ」17日付のヴァネッサ・フリードマンの記事によれば、金色のタイは、マークス&スペンサーのものであるようだ。ライラックやパープルのタイの政治家が多い中、金色はとにかく目立つし、暗い時代に輝かしさを与えてくれる。(日本の現首相も、いっとき金色のタイで話題になったことを思い出す・・・・・・)

クレッグのスーツスタイルも、政治的な立場のメタファーになっている、という指摘。ブラウンの「武装としてのスーツ」スタイルと、キャメロンの「サヴィルロウなんだけど袖をまくりあげたりワークブーツを合わせたりもする」いまどきリッチスタイルの、どちらにもころばない中庸のスタイルだと。クレッグのスーツはトラディショナルで、目立たない、既成服が多い(白かブルーのシャツ、ダークスーツでピンストライプなどはなし、イエーガーやポールスミス風のクラッシックスタイル)。このスタイルが、まさにクレッグの立場を象徴している、と。

指摘されてみると、たしかに、スタイルが「人」を表わしているなあ、と見えてくる。そういうふうな見方(言葉)を提示できるジャーナリストがいて、そういう言葉を掲載できるメディアがある、というのは、ちょっとうらやましいな、と思う。

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2010年4月21日 (水)

ファッション界をゆるがした映画

「ファッション界をゆるがした25の映画」という記事、英「タイムズ」21日付。

「セックス・アンド・ザ・シティ2」の公開を盛り上げる記事である。この映画(&ドラマ)にはそれほどのめりこめないのだけれど、やはり「なにごと?!」と胸騒ぎを起こさせるファッションのインパクトの大きさは認めざるをえない。「2」ではさらに、写真を見るかぎり、ファッションが尋常ではないレベルにまで進化しているようだ・・・・・・。

それはそうと、「タイムズ」が挙げるベスト25のファッション映画。

1.ウエスト・サイド・ストーリー(1961)

2.昼顔(1967)

3.大いなる眠り(1946)

4.つぐない(2007)

5.俺たちに明日はない(1967)

6.アニー・ホール(1977)

7.ファクトリー・ガール(2006)

8.ココ・アヴァン・シャネル(2009)

9.風と共に去りぬ(1939)

10.リプリー(1999)

11.パルプ・フィクション(1994)

12.トップ・ハット(1935)

13.ファニー・フェイス(1957)

14.泥棒成金(1955)

15.マトリックス(1999)

16.シングルマン(2009)

17.トーマス・クラウン・アフェア(1999)

18.スージー・ウォンの世界(1960)

19.ズーランダー(2001)

20.グレー・ガーデンズ(1975)

21.ロイヤル・テネンバウムズ(2001)

22.プライスレス(2006)

23.プラダを着た悪魔(2006)

24.アバター(2009)

25.ミルドレッド・ピアース(1945)

「花様年華」は?「ロミオ+ジュリエット」は?「マリー・アントワネット」は?「ムーラン・ルージュ」は?「シカゴ」は?「アメリカン・ジゴロ」は?「カミカゼ・ガールズ(下妻物語)」は?という選漏れ名作の数々がすぐに頭をよぎったが、まあ、ヨーロッパ人の一般的感覚としてはこういうラインナップなのでしょうか。

試写をもっともよく見にいっていた20年ほど前は、ファッション業界の人と、映画の試写を見に来るような人は、「人種が違う」と感じていたことを、なぜかふと思い出した。

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2010年4月19日 (月)

「それはたいした問題じゃない」

◇朝日新聞18日付、「著者に会いたい」、村上龍さんの巻。

「テレビの仕事で成功した経営者に話を聞く機会も多いけど、『成功しよう』『有利に生きよう』と思ってやってきた人はいない。なんとか生き残ろうと努力した結果の成功なんです」

サバイバルできれば、それが「成功」。生きのびることだけで精いっぱいであるなあと実感するような日々に、ちょっと力づけられる言葉であった(ほんとうの「成功者」さんとはレベルがぜんぜん違うが)。

◇行方昭夫先生編『モーム語録』(岩波現代文庫)。人生、人間、男女関係、芸術、旅、哲学などなど、テーマ別に、本質をついてときにシニカルなモームの名言が集められる。

「人生を送ってゆくに際しての最上の心構えとして、ユーモアのある諦め以外には考えられない」

(妻の不倫を面目にかかわるから絶対に許せぬといきまく大佐に、弁護士の助言)「人の噂も75日というだろう。人は他人の事など覚えていない。世間はじきに忘れるよ」「おれは忘れん!」「それはたいした問題じゃない」

「人間としてなかなか難しいことだが、自分が物事の中心でなく周辺に立っているのを自覚するのが大事だ」

「それ自体良いとか悪いとかいう行為はない。ただ社会の慣習次第でどっちにでもなる」

「礼儀正しさは愚者が自分の愚鈍を隠す外套である」

行方先生は、大学時代に徹底的に英語の読解の基礎を叩き込んでくださった恩師である。辞書を読め、前後の文脈から意味をとれ、という基本(なのに案外できないこと)をヘンリー・ジェイムズやモームを題材に、厳しく指導してくださった。脱落者も多かったが、サバイブしなくては、と必死だった。そのおかげで今かろうじて英語が読める。

教える立場になって思うのだが、学生にラクをさせるのは簡単である。学生の将来を思って厳しく指導するのは、ほんとうに誠意とエネルギーと使命感がないとできないことなのだ。恩師のありがたみは、年月を経てからいっそう身にしみる。

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2010年4月17日 (土)

着るものに対するアティテュードの伝統

ギュスタヴォ・リンス展@代官山のリフト・エクリュ。布と服、服と身体、建築と服、など多岐にわたって考えることを促す、哲学的でアーティスティックな個展である。

Photoリンス氏はブラジル出身で、もと建築家。その後パリでモデリストとしての経験を積み、2003年から自身のオートクチュールのブランドを手掛けてきた。

暴力的にも見える「服」たちだが、よく見ると、とても繊細で構築的で、テクニックのクオリティが高いことがわかる。

建築と服をつなぐもの、それはキモノであった、とデザイナーのリンス氏は語る。平面的な布と帯が、動く人体の急所を守り、包む理を正確にとらえ、重ね方、結び方のテクニックを駆使しながら、身体にあった立体的な服になっていく。キモノは(帯も含め)多様な可能性を秘めた服だ、と言いつつ、リンス氏はその場で帯を使ってスカーフ風のアレンジを作ってみたり、椅子にかけて家具のカバーのアレンジを作ってみたりしてくれた。上の写真の左から3体はキモノ地で作られている。下は中央奥の服のアップ。Photo_4

現代の日本人にも、キモノを着こなしてきた時代のしぐさの名残りが見られる、というリンス氏の観察眼には驚いた。男性はコートを着るときの仕上げに、あたかもキモノの前の打ち合わせを整えるときのように、前をしゃんと整えるしぐさをする。一方、女性は、コートの着こなしの仕上げとして、あたかも背抜きをするかのように、両肩をくっと後方へそらすという。ええっ!?と思ったが、言われてみれば、そんな気がしないでもない・・・・・・。キモノから洋服に着替えても、着るものに対するアティテュードの伝統が残っているのだという指摘に、半信半疑ながら、面白い着眼点だなあと感心する。少なくとも、外国人デザイナーの目にはそのように映ることもあるのだ。

服を脱いだあとの身体、身体からはずされた抜け殻としての服、というものに想像を促すジャケットも、シャドウと一体となって、目をひきつけずにはおかない。

Photo_2

なるほど、服は身体が造るものでもあるのだ、と思わされる。

本来ならば捨てるはずのパタン(型紙)をあえて縫い合わせて作られたアートもある。エコロジカルなスピリットに支えられたものであるが、こうして作品にするにはお金も時間もかかる。贅沢なエコロジー、というコンセプトの表現。

Photo_5

難解で哲学的なアートピースにも見える作品をつくるデザイナーであるが、とてもサービス精神にあふれたオープンマインドな方であった。赤い靴がステキでした。

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2010年4月16日 (金)

500円傘あれば5万円傘もあり

「サライ」記事のためブリッグの傘を取材@神宮前のアンバーコート。5万~10万円クラスの傘や100万円するステッキなど。価格がかくも高い理由もうかがって、納得。500円の傘でもまにあう時代だが、一方で、ここまで高品質を貫いて傘を作る人がいる。

店内にはほかにもスイスのジマ―リのアンダーウエアや、トリッカーズの靴、ジャベツ・クリフのトラベルバッグ、オーベルシーの総ガルーシャの靴、カパルビオの狩猟ジャケットなど、その世界が好きな男性にはたまらないであろう紳士用品にあふれていた。

狩猟ジャケットは、ポケットが背中にまで(!)広がっており、ここにお弁当や獲物を入れられる仕様。ポケットに刺繍をほどこした女性用もあるようで、これがあったら便利かも、とちょっと心が動きかけた。背中にお弁当。傍目にはウエストが太くなったようにしか見えないか・・・。

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2010年4月14日 (水)

ソックス・アピール

春夏のトレンドのなかで、ヘンだと思うもの。

ソックスにヒールの靴を合わせるトレンド。以前からちらほらとは出てきていたが、今シーズンはどんと。マルニ、マーガレット・ハウエル、プラダ、バーバリー、ディオールまで。どうみてもヘンだ。たぶん、先シーズンあたり、レッグウエアをだしたら大当たりしたので、こんどはソックス、ということになったのではないか? 

でも、ヘンなものを着こなせるかどうかが、ファッショニスタの試練となる。その大胆な勇気に、周囲は一目置くのである。レディ・ガガの人気もそれで上昇したようなところがある。

ソックス・アピール。難度は高そうだ。少なくとも、流行するまでは(これも見なれてしまえば、とりたててヘンなものでもなくなるのかもしれない)。

ヘンだと思うもの、もう一つ。レザーのTシャツ。これはセリーヌが主導。進化型ミニマリズムの一環?としての、高価な素材を使ったシンプルなアイテム・・・ではあるが。

なんだか暑そうだしムレそうではないか? でもセリーヌならば着心地は案外いいのかもしれない。着てみた人のレポート求む。

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2010年4月13日 (火)

校閲者にもっと脚光を

5月刊の新書、再校ゲラがようやく手を離れる。2008年夏から書き始めて1年間書きためたものを、3分の1に削り、さらに「物語」として書き直した。時間ばっかりかかってほんとに不器用なことである、とつくづく思う。世界初の21世紀ファッション史(そりゃあ、10年しかたってないし・・・)というのが裏テーマだが、タイトルは新書読者の男性向けに出版社の偉い方々が会議で決めてくださる。多くの場合、私の中からは到底出てこないような、大向こう受けするタイトルになる。

今回の校正さんは最強だった。初校のときの膨大な資料の山にも驚いたが、再校ではさらに細かいところまで徹底的に疑問を入れ、証拠を見つけてきてくれた。オウィデウスの長い詩の中から、ほんの1行の引用箇所を見つけてくれたときには、これぞプロフェッショナルな仕事だ、と心が震えるほどであった・・・・・・。顔も名前も知らないのだが(それが通例なのである)、感謝と敬意を送ります。校閲者も「署名」入りにしてもいいのではないかと思うのは、こういう仕事に出会ったときだ。

終わったと思ったら高熱が出て、多くの方にご迷惑とご心配をおかけしました。ごめんなさい。もう復活しました。広い世間から見れば、ほんとうにどうでもよさそうな本1冊なのだが、つくる方は命を削りとられる思いをする。ワークライフバランス、などというキレイな言葉が夢の国のうつろな言葉にしか聞こえない。「ライフ」が破綻していくばかりという気がする。著者だけでなく、編集者も。辞書を一緒につくった編集者は校了の日に倒れ、まだ入院中である。一日も早い快復を、毎日祈っている。

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2010年4月10日 (土)

日本のアールデコ

◇「サライ」5月号発売です。連載「紳士のものえらび」でロイヤルクラウンダービーの陶器について書いています。機会がありましたら、ご笑覧ください。

◇庭園美術館の「アールデコの館」展。旧朝香宮邸の内部を細部にいたるまで堪能。日本にもなんとも贅沢なアールデコの波が押し寄せていたのだ・・・としみじみ感動。

Photo

 内部もすばらしかったが(へやごとに異なるアートな照明、ガラスや暖房器具はもちろんのこと、排水溝にいたるまでデザインが施してある)、庭園も、桜がはらはらと舞い散ってなんともよい雰囲気であった。レジャーシートを広げてのお花見の人々も多数(ただし、飲食物持込禁止である)。ここだけ別天地みたいな夢のような場所であった。

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2010年4月 9日 (金)

アナーキーな天才、去る

マルカム・マクラーレンの訃報にショックを受ける。「セックス・ピストルズ」のマネージャーとして、「パンクファッションの女王」ヴィヴィアン・ウエストウッドのパートナーとして、70年代のUKパンクムーブメントを先導した人である。64歳とまだ若かった。音楽とファッションの力で社会の方向を変えてしまった、クールな才能の持ち主だった。

マクラーレンとウエストウッドの息子、ジョー・コレは、挑発的で芸術的な広告でも知られる下着ブランド、エイジェント・プロヴォケターの創設者のひとりである(現在は経営から離れている)。マクラーレンの才能のDNAは、受け継がれていく。

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2010年4月 8日 (木)

仕事も家庭もファッションも?

祝!山崎直子さん、ディスカバリーに乗って宇宙へ。

さらに、祝!芦田多恵さんの服、宇宙へ。

ブルーのニットカーディガンとショートパンツという山崎さんの「船内服」は、芦田多恵さんのデザイン。ニットは縫い目のないホールガーメント(世界に誇るこの機械を作っているのは、日本の島精機さん)で、機能的ながらやさしい女らしさもあって、周囲の空気を和ませるようなイメージである。

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上は、多恵さんによるデザイン画。「宇宙で着る服」というとなにか、SF的なぴかぴかした服を思い描きがちであったが、そうか、船内は地球上で着ている服の延長でよいのですね。宇宙飛行士、というと(文字通り)雲の上の人みたいだが、自分が着ている服と同じデザイナーの服を着て仕事をしていらっしゃるのだと思うと、なんだか少し親近感がわいてくる気がするのが不思議(苦笑)。

それにしても、女にとって、「仕事」も「家庭」も両立させるというのはもはやあたりまえ、そこに「ファッション」もふつうに加わる時代になったのか。

ハードル、高くなったな・・・。

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2010年4月 7日 (水)

2000年前も、同じ営み

ポンペイ展@横浜美術館。西暦79年8月24日の白昼、突然、火山灰やら土石流やらに埋もれてしまったポンペイの街。18世紀以降に発掘されて、保存されている遺跡の数々が展示される。

壁画や庭園の水盤に彫像、大理石のお風呂、お風呂をわかす装置やボディケアセット、家具に食器に調理器具、アクセサリー、娯楽用品、武具、楽器、医療器具にいたるまで。2000年前の人も、現代人と同じように、ごはんを作って食べて、お風呂に入って、宴会をして、庭園で憩い、装身具で装い、娯楽を楽しみ、愛を交わし、病気を治療し、神に祈り、眠っていたのだなあ・・・というあたりまえのことに心打たれる。家具や水盤や用具にほどこされている装飾はなかなか精巧で美しく、2000年経っても人間はそれほど「進化」するものでもないらしい、ということも感じる。

18世紀に発掘されたポンペイの遺跡は、ファッション史的には「新古典主義」をもたらしたことになっている。ロココの過剰な装飾の時代が終わり、古代ローマ時代に倣った、「シンプルな」ファッションが主流になっていく。このスタイルはフランス革命の理想とも合致していた。

ポンペイ遺跡についてはそのくらいしか知らなかったのだが、カタログに掲載されている解説を読んで、ポンペイ遺跡探訪ツアーがもっと多岐にわたる影響を及ぼしていることを知った。「ローマ帝国衰亡史」を書いたギボンへの影響。貴族の子弟のグランドツアー。ゲーテの「イタリア紀行」。トマス・クックの旅行会社に象徴される、近代的ツーリズムの誕生、などなど。

展示の中に、「人型」もあった。降ってくる火山石から身を守るような姿勢である。いつものようにのんびりと生活している最中に、突然、火山が噴火し、街ごと埋没してしまう、ということも起きるのだ。明日は何が起きるかわからない、とまたしても思う。やりたいことは「いつかそのうちに」ではなく、できることを「今」やっておかねばならない。

展覧会のおみやげとして「ポンペイ糖」が売られていた(笑)。

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2010年4月 6日 (火)

「家庭の天使」の心の闇

移動の途中やネイルの間などにちょこちょこと見ていた「マッドメン」、シリーズ1を全部見終える。第4話あたりからペースがわかってきて、がぜん面白くなっていった。

ひとつひとつのエピソードのオチは、おとなで骨太で、しびれるばかり。とりわけ強烈に印象に残っているのが、第7話の「赤ら顔」で、ドンが、自分の妻に言い寄ろうとした上司のロジャーに対しておこなう、ささやかなリベンジ。ランチに大量のカキを大量のお酒とともに流し込み、エレベーターを「故障」させといて、23階まで階段を上らせる。顧問団の前によろよろとたどりついた上司のロジャーは、そこでカキを吐いてしまい、大恥をかく。最後にほんとうにさりげなく映るドンのにやりとした顔が、シブい。ドン自身も同じこと(カキ&酒&階段上り)をしていながらなんともない、という強さも同時に相手に見せつけた。マッチョなメンツをかけた「男のリベンジ」やなあ。

グレース・ケリー似のブロンド美女で、模範的な専業主婦のベティが、生活にどこか満たされないものを感じ、モデル業に復帰しようとするも結局望みを絶たれる、という話のオチの苦みもよかった。第9話の「射撃」。ドンはモデル業をあきらめた妻に、手をとって優しく言うのである。「家庭にいてくれる君は、最高の母親だ」みたいなことを。ベティも、専業主婦であることに何不自由のない幸せを感じているわ、と天使の微笑みでこたえる。次のシーン。「君は僕の天使だ」という脳天気な歌がのどかに流れるなか、ベティはたばこをくわえながら、空を飛ぶ鳥たちをばんばん狙い撃ちするのである。セリフなしでの、ベティの心象風景の描き方、うますぎる。

ドンの秘書が急激に太り始めていく理由が、ストレスによるものではなかったことが明らかとなる最後の話にも驚愕する。男はみんなオス、女もしたたかなメス、自分勝手な登場人物たちの濃い人間関係に、はまってしまった。「シーズン2」のボックスを即、注文する。

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2010年4月 5日 (月)

Bad Hair Day

女性誌の仕事で、美人の女子アナさんと対談する。現場でヘアメイクをつけてもらえるのが、女子アナさんだけだということを、直前に知らされる。外は大雨である。外気の変化に1分ふれると、だいたい髪型やメイクというのはくずれるものである。でも活字で仕事をする人間はそういうことを気にしないし、気にもされないものである。ということになっている。A Bad Hair Day. 世間知らずに、雨は冷たい。ま、こんな日もあるか。

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2010年4月 2日 (金)

青山の店員さん

明日必要になる長男のスーツを買いに、とりあえず「すぐ着られる」服が買えそうな「洋服の青山」へ行く。デッドラインが近づいてやっと行動を起こすという習性はどうにかせんと、と思いながら相変わらずである。

スーツ関連の記事をこれまで多々書いておきながら、量販店でスーツを買うのは初めての経験である。今までの取材はすべて、オーダーメイドの仕立屋さんであった。個人の名前を掲げて作っている店のほうが、(広報マニュアルに沿った言葉ではなく)本人の言葉でのお話を聞きやすかったためである。でも日本でスーツを着て仕事をする人の大半は、こういう量販既製服店チェーンを利用しているのだ。

デビュースーツだし、ほどほどのものでいいだろう、とあまり期待しないでいたのだが、予想外のいい服地のラインもあって、選択肢が多い。驚いたのは、店員である。売り方がほんとうにうまい。本人と、スポンサー(私ね)の一瞬の表情の変化におそろしいほど的確に反応して、ピタっとはまるものを次々に提案していく。結局、「2着めはスーツでもコートでも1000円」という戦略にものせられ(→じゃあ、スーツは高くてもコートを1000円で買えば割安か・・・)高級ラインのスーツとスプリングコートをとりあえず買う。

その後、「スーツをお買い上げのお客様には靴が3000円引き」にものせられ(→他店で買おうと思っていたけどここで間に合うならいいか・・・)。

ついでに「バッグも半額に」に便乗させられ(スーツにリュックで行くわけにもいかないしな…)。

最後は「食らわば皿まで」の勢いで、「ベルトとネクタイとワイシャツ3点で10000円」までもっていかれる。

やられたなあ。散財させられた気もするが、しかし、ほかで買いまわる予定が、一店ですんだので効率的な買い物ができたともいえる。

それにしても、店員の売り方が、絶妙にうまかった。強引に売りつけるわけでもなく、似合わないものにはダメ出しをきちんとするし、終始、誠実につきあってくれて、ソンしたとはけっして思わせない。

帰り際に名刺をもらったら、肩書きの下に「ファッション販売2級」と書いてあった。販売員に級があるということもはじめて知った。「まる一日かかる試験で、けっこう厳しいんですよ」と販売員は話してくれた。服をめぐる世界は、ほんとうに奥深く、幅広い。

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2010年4月 1日 (木)

逆流をのぼり続けて

シャーリー・マクレーン版「ココ・シャネル」DVDで。半年ほど前に買っていたような記憶があるが、ようやく開封。限定版で、パールのアクセントがついたシュシュが付録についている。それで分厚い箱だったのかとようやく納得した。

70になって「復活」コレクションを敢行して酷評を浴びたシャネルが、これまでの人生をふりかえり、二度目の復活コレクションで、喝采を浴びるまでが描かれる。シャネルの伝記は翻訳しているし、あちこちで解説まで書いているうえ、映画も全部見ている。すでに知り尽くしている話でありながら、やはり何度見ても、シャネルの人生は面白い。どこを切り取ってもドラマになっている。とりわけ70代での復活劇は常人にできることではなく、弱っている心にカツを入れてくれる。常に逆流をのぼり続け、たとえジャーナリズムがなんとけなそうと、自分の思うところを貫ききって、最終的な勝利を得る。この壮絶なシャネル復活劇のイメージを頭にたたきこんでおくと、ちょっとやそっとの失敗にはめげなくなる。

シャネルがいい男たちにモテた秘訣のひとつは、「感謝しなかったこと」にある、ということにも気づいた。自分本位にプライド高くふるまい、周囲を翻弄し、驚かせ続けるシャネルに、男たちは退屈せず、夢中になって追いかけ、手をさしのべるのである。これもなかなか常人にはできない芸当。

50年代の「復活」シャネルのスーツは、ため息がでるほどリッチで手間がかかっていてタイムレスな気品をたたえている。映画では当時のコレクションをかなり忠実に再現していた。ああいう服ならば今すぐにも着たいと思うのだが、現在、店頭で(シャネルじゃないが)見かけるのは、マタニティ服のようなデザインの、ぺらぺら素材の今シーズン命の服が主流。きちんとしたいい服もあるが、高価で手が出ない。そういう時代なのだ、と言われても、なんだかな。

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