辞書に、まえがきあり
永遠に終わらないのではないかと思われることもあった、英和ファッション辞典の監修の仕事がようやく手を離れた。あとは製本されてできてくるのを待つばかり。
5000語のチェックと新語の定義、26のコラム、年表、と課題をこなして最後の仕事が「まえがき」であった。辞書に、まえがき。これまで辞書はたくさん購入してきたが、まえがきまで読んだことなどなかったことに気がついた。あたりまえのことだが、辞書の定義は、「客観的な、所与の、厳然たる事実」としてあるのではない。不完全な人間が、知と汗をふりしぼって、これしかないだろうというぎりぎりのところまで考えぬき、そのあとに立ち現われてくる「シンプルな」ことばが、「定義」として記されている。あらためて手元の辞書たちを開いてみると、そのような編纂者の苦労と思いの端々が、辞書の「まえがき」に記されていることを発見した。自分が辞書を編む側に立ってみて、はじめてわかった。
逆に言えば、辞書の定義は「絶対」ではない。とりわけ「英和」の場合、英語の原イメージにまでたちかえってみることで、思わぬ現代的な意味が立ち現われてくることがある。
そうやってファッション英語の数々に定義を与えていくことは、楽しいことでもある一方、責任が無意識のうちに重くのしかかってきて、各種の悪夢にうなされる日々であった。虫の大群、毒蛇の大群、大津波、大火事、その他ひととおり見たかも(笑)。
これまで辞書を編纂してきた先人の偉業に、心底、畏敬の念を抱くとともに、煩瑣で地味な編集作業を粘り強く続けてくださった編集者に深く感謝する。
3月も終わり。畳の目のように進んでいるのか、あるいは後退しているのか、混沌とした日常は相変わらずだが、時折触れることができた一流の方々の仕事ぶりに、励まされ、友人や息子たちに助けられつつ、なんとか生き延びられた。多謝。数日前に遠い姻戚にあたる医師が45歳という若さで突然この世を去った。過労によるものらしかった。善良で誠実で、人としても医師としても周囲から尊敬される温厚で模範的な方だった。明日、何が起きるか、ほんとうにわからない。生きて仕事ができるということじたいが奇跡のようなものだと思うことがある。
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コメント
今日から母校の中学校に赴任となりました。異動の発表直後に,「教師にならないか」と道を示して下さった先生より激励の手紙をいただき,身の引き締まる思いでいます。ただ,3年次担任で卒業式後に「待っていますよ」と言って握手を交わして下さった恩師は,4年前に48歳でこの世を去りました。当時は32歳。実直でありながらしなやかで,剣士らしい気品と知性を兼ね備えた先生でした。35歳になった私にとって憧れでもあり,また,たどり着く見通しもない高い高い頂でもあります。そんな姿を追いかけながら,力が無いながらも努力を重ねていこうと思います。中野先生の仕事の様子をうかがうと,「あっ,私はまだ30%くらいしか力を使っていないな」と,勇気づけられるようです。ありがとうございます。
投稿: てつし | 2010年4月 2日 (金) 03時52分
母校の先生に赴任されたとのこと、まことにおめでとうございます。思い返せば中学校時代は先生に露骨に反抗したりで、消え入りたくなるほど多感な時代でした(恥)。激務かと拝察しますが、どうぞお体大切に、がんばってください。
それにしても、いい人にかぎって早くお別れをしなくてはいけないことが多いような……。でも「憧れ」の対象になるような恩師がいらっしゃるということは幸せなことと思います。
投稿: nakanokaori | 2010年4月 2日 (金) 20時43分