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2010年3月

2010年3月31日 (水)

辞書に、まえがきあり

永遠に終わらないのではないかと思われることもあった、英和ファッション辞典の監修の仕事がようやく手を離れた。あとは製本されてできてくるのを待つばかり。

5000語のチェックと新語の定義、26のコラム、年表、と課題をこなして最後の仕事が「まえがき」であった。辞書に、まえがき。これまで辞書はたくさん購入してきたが、まえがきまで読んだことなどなかったことに気がついた。あたりまえのことだが、辞書の定義は、「客観的な、所与の、厳然たる事実」としてあるのではない。不完全な人間が、知と汗をふりしぼって、これしかないだろうというぎりぎりのところまで考えぬき、そのあとに立ち現われてくる「シンプルな」ことばが、「定義」として記されている。あらためて手元の辞書たちを開いてみると、そのような編纂者の苦労と思いの端々が、辞書の「まえがき」に記されていることを発見した。自分が辞書を編む側に立ってみて、はじめてわかった。

逆に言えば、辞書の定義は「絶対」ではない。とりわけ「英和」の場合、英語の原イメージにまでたちかえってみることで、思わぬ現代的な意味が立ち現われてくることがある。

そうやってファッション英語の数々に定義を与えていくことは、楽しいことでもある一方、責任が無意識のうちに重くのしかかってきて、各種の悪夢にうなされる日々であった。虫の大群、毒蛇の大群、大津波、大火事、その他ひととおり見たかも(笑)。

これまで辞書を編纂してきた先人の偉業に、心底、畏敬の念を抱くとともに、煩瑣で地味な編集作業を粘り強く続けてくださった編集者に深く感謝する。

3月も終わり。畳の目のように進んでいるのか、あるいは後退しているのか、混沌とした日常は相変わらずだが、時折触れることができた一流の方々の仕事ぶりに、励まされ、友人や息子たちに助けられつつ、なんとか生き延びられた。多謝。数日前に遠い姻戚にあたる医師が45歳という若さで突然この世を去った。過労によるものらしかった。善良で誠実で、人としても医師としても周囲から尊敬される温厚で模範的な方だった。明日、何が起きるか、ほんとうにわからない。生きて仕事ができるということじたいが奇跡のようなものだと思うことがある。

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2010年3月30日 (火)

「エロカジ」を中国語にすると

中国のファッション誌、「端麗」で三か月集中連載を始める。私が日本語で書いたエッセイを、先方が中国語訳して、ふさわしい写真を選んでレイアウトしてくれるのだが、あまりの的確な仕事ぶりにささやかに驚いた。コレクションフォトを3枚、ブランドグッズが3点、文意にばっちりとあうよう、贅沢にコーディネイトしてある。中国のファッション力が猛烈な勢いで伸びているのを感じる。

中国語は読めないのだが、訳されてきた文のところどころを見ながら、「ああ、この日本語はこうなるのか」というのがわかって興味深かった。なかでも「エロカジュアル」の中国語には、思わず笑った。

「性感休閑」となるらしい。

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2010年3月29日 (月)

仕事は、おいしいあめ玉作り

◇朝日新聞28日付、「仕事力」、押井守さんの4回目「味わってもらう技術がいる」より。

「自分の企画で頭でっかちになっていた僕に、彼(プロデューサー)は、『君の思想とかには何の興味もない。映画というのは口に入れた時においしい味がして、最後まで飽きないことが大切なんだ。その中に思想として薬や毒を隠し入れるのは自由にやればいいさ』と言い切った。中に何を入れてもいいから、観客がおいしいというあめ玉として丸めて見せろ、と。その時にやっと僕はわかったんです。世の中が言う才能とは、ちゃんとあめ玉を形作り、最後まで味わわせる才能なんだと」。

それを鍛えていくには、現場に入って、泣いたり笑ったりしながら経験を積んでいくことしかない、と。

仕事に対するイメージを抱きやすい、いいたとえだな、と思ったので、メモ。

◇川端康成『眠れる美女』を、移動の合間に、オーディオブックで聞いている。満員電車でも、脳内はたちまちゆったりとした別空間になる。前半終了。

強制的に眠らされた裸のうら若い美女の隣で、もう人生の先があまりない老人が一緒に寝て、においをかいだり触ったりしながら、これまでの官能的経験を思い出したり、死を想ったりする、退廃的なヘンタイ話のはずなんだけど、使われる言葉がとても高貴で、まったく下品な印象を与えないどころか、人の心の深淵の真実を赤々と見せて陶然と酔わせてくれる。これも、中味はなんであれ上質な「あめ玉」のひとつでしょうか。

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2010年3月26日 (金)

箔デニムの妖しい光と影

ミスアシダ2010-2011秋冬コレクション@恵比寿ガーデンホール。

今すぐ着たい・・・と思わせるチャーミングなリアルクローズの数々。光沢のバリエーションが印象に残った。テーマは「シャドウ」であったのだが、影にひきたてられていた光の残像が美しかった。そうやって光を表舞台に押し出す影の使い方がうまかったのかな。

レザーの濡れたような艶、ヴィスコースジャガード地の、宇宙の星を連想させる光のグラデーション、プラスチックな光沢、ラメ入りコットンアセテートクレープが生む、ダークゴールドの陰影ある光、地模様やシースルー素材を織り交ぜた、遊び心あふれる光と艶、チュール越しに見る奥ゆかしい光などなど。手袋にも未来的な光沢素材が使われていて、モデルの手に視線が誘われる。

不況が暗い影を落としている時代だから、好況期に全盛だった「キラキラ」「ブリンブリン」の誇示は、もう空気から浮きあがった哀れなものにしか見えない。でも女はやっぱり光りものが好きだ(笑)。影の時代における光の模索、という点で、影と表裏一体になった光を演出した今回のコレクションは、とても時代の雰囲気に合っているように見えた。

さまざまな新しい素材のなかでも、赤く妖しい光沢を放つデニムに魅了された。ショーが終わってからデザイナーの芦田多恵さんにうかがうと、デニム地の上から箔をはってつくる素材とのこと。日本が世界に誇る岡山産のデニムである。デニムのカジュアルな雰囲気に、モードな品格とおとなの陰影が加わった、今の空気に似つかわしい印象。デニムブームはまだまだ続くと思われるので、新鮮味を感じさせるこの素材はヒットするのではないか?

ツイード、ファー、フリル、レザートリミングといった細部のアレンジ、後姿に目が釘付けになるお茶目でモダンなカッティングなど、職人技も光っている。

おみやげにいただいた、赤坂のNeyn(ネイン)のクッキーがまた個性的な味わいだった。甘さ抑え目で、スパイスや素材の複雑な余韻が広がっていく。芦田多恵さん監修の、ミスアシダ・エクスクルーシブのスイーツだそうである。スイーツにもファッションと同様、流行がある。まだあまり知られていないスイーツというのは、けっこうスノビズムを刺激するものである(笑)。それをふまえて、こういう製品をいち早くコラボで「作り出していく」姿勢もまた、モードの送り手らしいなあと感心する。

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2010年3月25日 (木)

アネモネが満ちあふれる夜

「ペリエ ジュエ」スプリング・フラワリー・パーティーにお招きいただく@フォーシーズンズ椿山荘ボールルーム。「レ・クレアシオン・ド・ナリサワ」の成澤由浩シェフの芸術的な料理に合わせて2000年、2002年(新ヴィンテージとしてこのたびお披露目)、1996年、ロゼ2002年のペリエ ジュエがふるまわれるという華やかなパーティー。出席者150人ほど。

同じテーブルには、最高醸造責任者のエルヴェ・デシャン氏、アジア太平洋地域のディレクター、ヤン・ソエネン氏、「ワイン王国」取締役編集長の村田恵子さん、ワインジャーナリストの柳忠之さんなど、かなりプロフェッショナルな方々。フランス語を真剣に勉強しておけばよかった、と心底悔しい思いをしながらも、シャンパーニュの専門的な知識のかけらをたくさん学ばせていただいた(はずだったのだが、酔いがさめてみるときれいに忘れている・・・・・・)。

メニューの端に残るみみず文字のメモから推し量るに、「オキシダシオン」(酸化)と「レデュクシオン」(還元)ではオキシダシオンのほうが大事とか、コルクは長いものを使っているほうがよりよいワインで50㎜だといいほうだとか、シャンパーニュの香り表現に「ビスキュイのような」「ブリオッシュのような」と焼き菓子が用いられるが、それはイースト菌の発酵具合を物語るもの、ということなどを教えていただいたようだ。酔いながらもメモしておいてよかった(とはいえ、事実とは違うことをメモしていた可能性も大。冷汗)。

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写真は、披露される「ペリエ ジュエ ベルエポック ヴィンテージ2002」を背景に、ペリエ ジュエに対する思いを語るデシャン氏。日本とペリエ ジュエは「シャルム」「エレガンス」「ペルフェクシオン」(魅力、優雅、完璧さ)において相通じるものがある、と。たしかに「D」のようなどちらかといえばマッチョで力強いイメージのシャンパーニュに比べると、ペリエ ジュエのほうは繊細でフェミニン、アーティスティックな印象が強い。

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そんな印象は、成澤シェフの料理にも通じるところがある。ロマンティックで、「乙女」精神すら感じさせ、繊細できめこまかく、サプライズとおもてなし精神にあふれている。

木の板をお皿として用いたメインのお料理にも感激したが、アネモネをかたどったデザートには、ペリエ ジュエに対する敬意が感じられて、心うたれるところがあった。

写真は、リンゴのコンフィチュールのクリーム、アーモンドアイスクリーム、カルバドスのジュレ、レモングラスのジュレ、タルトタタンなどでつくられた、アネモネ。

あわせるシャンパーニュのロゼは、赤ワインを8%混ぜてつくられるのだが、決して赤ワインの味がしてはいけないのだという。目指される色は、サーモンのピンク。

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写真は、成澤由浩シェフと、そのお仕事を讃えるデシャン氏。

ギャラリーには、フランス在住の日本人アーチスト、マキコ・タケハラさんによる楽しい写真アートが飾られる。各年代のペリエ ジュエを、さまざまなアーティストからインスピレーションを得た絵と組み合わせて、各年代やアーチスト独特の雰囲気を醸し出している。こういうアプローチのアートもあるのか、と感心。写真は、2002年をイメージしたマキコさんの作品。

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さまざまな分野の情熱的なお仕事の数々にふれて、春に向けてのエネルギーを充電していただいたような夜でした。主催者に心より感謝します。

おこさま春休みサービスも兼ねて、そのままフォーシーズンズ泊。

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2010年3月24日 (水)

できるかな?

英「タイムズ」に載っていたファッションクイズのなかから、いくつか抜粋&アレンジしてご紹介。さて、何問わかりますか?

Q1 その名前がスポーツブランドの由来になった、ギリシア神話の勝利の女神はだれ?

Q2 「ブクレ」とはなに?

Q3 「プリンセス」「マティネ」「チョーカー」「オペラ」は長さを表すことばだが、何の長さ?

Q4 映画製作の資金をつくるために、アンディ・ウォーホルの肖像画をサザビーズの競売にかけたデザイナーは誰?

Q5 「レオタード」という名称は、人に由来するのだが、その人の職業は?

全部わかったら、相当のファッショニスタ! 知っていたからといってイバレるわけでもないのが、ファッションという分野のせつないところですかね。

ちなみに私が即答できたのは、4だけでした。ただのミーハーですな(笑)。

Leotard

こたえです。

A1 ニケ(Nike、ナイキの由来となる)

A2 シャネルのジャケットにしばしば使われる、表面が泡のようなファブリック

A3 パールのネックレス

A4 トム・フォード 

A5 空中曲芸師(19世紀フランスの空中曲芸師Jules Leotardにちなむ)

写真はレオタール氏です。

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2010年3月23日 (火)

イースター<セレブ>エッグ

イースター(復活祭)の季節到来。有名人をエッグアートしてしまう人もいる。英「テレグラフ」のフォトギャラリー。

http://www.telegraph.co.uk/foodanddrink/foodanddrinkpicturegalleries/7505189/In-pictures-Easter-egg-celebrities-by-John-Lamouranne.html

雛人形の顔をセレブにしてしまうのと、発想は同じと言えば同じなのかもしれないが。卵でできたビートルズが、ブキミかわいい。

大地から新芽がでてくる季節において、卵は復活の象徴なのだそうである。

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2010年3月22日 (月)

「芸術に<意味>はない」

5月刊の本の校正さんチェックへの回答をするため、編集者と打ち合わせ。校正さんはすばらしい仕事をしてくれる。自分では無意識に書いていて気づかないところや、引用文の一字違い、事実や年代のささいなずれなど、とことん、徹底的に、調べつくして指摘してくれる。ときに重箱の隅をつつくようなチェックもある。でもこれに答えようとすることで、自分の考えがよりクリアになっていくし、思いこみや勘違いにも気付くことができる。膨大な資料の山に、感謝。休日返上で綱渡りスケジュールにつきあってくれる編集者にも。

書けば書くほど、自信がなくなっていくし、すべてをひっこめてご破算にしたくなる衝動にかられる。こんなにげっそりとするまで時間とエネルギーをかけるほどの価値がある仕事なんだろうかと考え始めると、おそろしいほどの自己嫌悪におそわれる。でもこうして何人もの人が、少しでもよいものを世に出そうとして、真摯に取り組んでくれる。ひとりで本が書けるわけではなく、こういう人たちの力があって、やっていける。

ついでに、六本木ヒルズ森美術館の「六本木クロッシング2010展:芸術は可能か?」を見ていく。写真、彫刻、オブジェ、空間アート、壁画、パフォーマンス、映像アートなどなど、20人ほどのアーチストが、それぞれにあらゆるかたちのアートを展開する。発想そのものに驚かされるものから、緻密な工程に感嘆させられるもの、驚かされるアートが多々あるなか、ん?と文化祭の延長のように感じるものまで、雑多に入り混じる。ただ、それぞれが、一種異様なアプローチで、じっと向き合っていると、現実のほうがヘンに見えてきて、心がざわついてくる。これだけ愚直に「<役に立たない>ものをつくる人」「表現する人」がいるということ、そのことじたいに、勇気づけられる。

「高いものが売れない」という報道ばかり聞かされているので意外な気がしたのだが、ヒルズは買い物客でなかなかにぎわっている。お高いレストランも、どこもほぼ満席状態である。先日の「21CNC」の会で、島田社長が、「日本は、<景気はこれからもっと悪くなるよね、日本はもうダメだよね。じゃあ、乾杯!>と言いながら酒が飲める珍しい国」、と指摘していたことを思い出した。

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2010年3月21日 (日)

「畳の目のように物事はすすむ」

◇20日付朝日新聞、磯田道史の「この人、その言葉」。落語の大名人、古今亭志ん生の巻。

「本気で辛抱してりゃ、自分の目には見えなくても、畳の目のように物事はすすんでるんですよ」

辛抱+楽天+ずぶとさ、が必要と磯田先生は説く。

力づけられるとともに、がんばってもがんばっても先が見えないと、そういう気力を維持する体力がなくなってくることを痛感する。「畳の目」は数えないことが、生き抜いていくコツであろうなあ、と気が遠くなる。

◇半年前にボックス買いしておいたDVD「マッドメン」、1巻だけようやく見始める。会う人ごとに見ろ見ろとすすめられていて、いったいどんな面白さなのだ?と期待先行。

60年代の広告業界の話で、登場する人は、男も女もみんな煙草をスパスパ。会議ではウィスキー。女性秘書は「母親とウェイトレス」のような立場で、不倫、セクハラなんでもありの欲望全開、出てくる誰もがどろくさい印象。女優もまったくあかぬけない。60年代の雰囲気をだすための、あえての演出だろう。クリーンでスタイリッシュ、倫理的にも正しい映像を競うような雰囲気のなかにあって、この「異」な感じはたしかに刺激的ではある。実際、人が会議しながら煙草を吸う姿というのを久しぶりに見た気がした(笑)。

それにしてもボックス買いDVDにせよ、大人買いマンガにせよ、「買った!」だけで達成感があって、なかなか手をつけられないものである。「エマ」も大人買いして半年になるのにまだ手をつけられないまま・・・・・・。

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2010年3月20日 (土)

「美しい環境から美しい発想が生まれる」

昨日おこなわれた、ジュンアシダ2010秋冬コレクション@代官山本店。グレートーンのスーツのバリエーションから、鮮やかな色柄のワンピースとジャケット、コート、マント風コート、イブニングドレスにマリエまで、優雅で気品あふれるジュンアシダ・ワールドを堪能する。素材、カッティング、シルエットは常に女性の身体のラインをもっともエレガントに見せるという配慮に支えられていて、ディテールにちらりちらりと遊び心があふれている。帽子やアクセサリーとのバランスも完璧で、美の黄金律のシャワーを浴びる。

マリエ(ウェディングドレス)が予想を快く裏切り、フレッシュな印象だった。いつもはジュンアシダならではの正統派ドラマチックなドレスで盛りあがって締めくくられるのだけど、今回は、なんと「ボンブー」パンツの白いスーツである。たしかSATCのキャリーも、いろいろドレスを着てみたけれど、結局、最後の最後は白いパンツスーツで結婚したのではなかったか? (記憶違いだったらすみません) 非日常的なドレスもいいけれど、地に足のついた結婚、という印象を与えて、映画的にとてもいい印象を与えていたように思う。

先日の「21世紀ナヴィゲイターズコミッティー」で、目黒雅叙園の梶社長が、「最近は仲人を立てないカップルが圧倒的に主流で、しかも、人前結婚式がふえている」ということを話していらしたことを思い出した。旧い慣習に縛られず、自分たちのライフスタイルに似つかわしい結婚式をしたい・・・というカップルが増えているとするならば、白いパンツスタイルの花嫁が増えることも、当然、考えられるわけである。

そんなこんなのいまどき結婚事情にマッチしそうな、白いパンツスタイルのマリエ。新鮮な驚きを感じ、拍手したくなるとともに、でもやっぱり、うそくさいほどドラマチックなドレスも見たいよなあ、という思いもかすかによぎった(観客はわがままだ・・・)。1回のショウに1着、というマリエだからこそ、強く印象に残り、デザイナーの、時代に対する感覚も伝わってくる。「今」の社会のムードとのつながりを感じさせる作品をつくるデザイナーは、やはり優れたデザイナーだと思う。

発刊ほやほやの、芦田淳先生のエッセイ集『透明な時間』(角川学芸出版)、帰途に読みはじめ、そのまま最後まで読み終えた。美に対する考え方、家族への愛情、すてきな方々との交友、ピカソはじめ芸術に対する思い、身近な社会事象に対するちょっとしたお叱り、などなどのことがらが、生き生きとして率直なことばで綴られていて、読みながら背筋が伸びてくるような感覚がある。

なかでも、美は身近なところからお金をかけずに作り出していくものである、という考え方に教えられるところ大。絵や写真などを「まっすぐ」に貼るだけで空間の格が上がる、という指摘には、はっとさせられる。「『傾く』という言葉が不吉であるように、カレンダー、絵、写真などの掛け方や貼り方も、傾いているのはみっともない」。たとえメモひとつでも。その日ごろのささいな心がけが、その人のまわりに大きな違いを生んでいくのだろう。

「茶道では、後片付けをお手前と同じ作法で時間をかける」という話にも、なるほどなあ、と納得する。お掃除のあとの掃除道具の置き方、ドアの締め方、そんなささいなところに神経を行き届かせるかどうかという精神が、美しさを作り出すために大切なこと、と。

我が生活を翻って……あまりのことに思わず絶叫したくなるほどであるが、忙しさは理由にはならないなあ(涙)。新しいキレイなものを買うより、まずは身近なところの整頓と統一から。今年の課題にしよう、としみじみ思ったことであった(思ってるだけではダメなのだが)。

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2010年3月19日 (金)

高級万年筆は、趣味の玩具?

「サライ」連載原稿のための取材でニチユー@浅草。窓越しに金色のフィリップ・スタルクによるオブジェを眺めつつ、コンウェイ・スチュワートの万年筆にまつわるお話をうかがう。

コンウェイ・スチュワートの日本代理店であるニチユーさんは、チェス、バックギャモン、トランプといったアナログのゲームを主に扱っている会社である。高級万年筆が、鑑識眼のある大人向けアナログ玩具として扱われていることが興味深かった。

帰り際に倉庫も見せていただいたが、ありとあらゆる国のトランプのバリエーションの、想像を超える豊かさに驚く。54枚、一枚一枚全部絵柄が違うのは、大前提である。その54枚を使って、あらゆる植物や動物を描く、アリスの物語をつむぐ、シェイクスピアワールドを展開する、パリの地下鉄の駅を紹介する、映画のポスターと名台詞を描く、ミリタリークローズを描く、チャーチルの一生と名言を描く、ミュシャの絵を揃える・・・・・・などなど、無限のテーマが広がることがわかった。

エルメスやヴィトンが「トランプケース」を作り続けている理由、ナポレオンとトランプ占いの関係、ジョーカーだけをコレクションしている人の話、などなども教えていただき、「トランプ」というのは紳士文化研究に新しい光をあててくれる突破口でもあるなあ・・・と今更ながらその面白さに気づく。この分野、もうちょっとリサーチしたい。

万年筆の取材にいったはずが、想定外のお宝をもちかえってきたような(苦笑)。

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2010年3月17日 (水)

「本当に<腹が減った>という思いをしたことはあるか」

先週、11日(木)に宮内淑子さん主催の「21世紀ナヴィゲーターズ・コミッティー」に参加したときのメモ。このコミッティーはなんと17年目になるという。私はほんの数回参加させていただいた程度だが、さまざまなフィールドの方々が、それぞれの立場から日本の未来をよくするための提言やディスカッションをおこない、その成果をそれぞれのフィールドへともちかえって次へとつないでいく、とても刺激的なコラボレーションである。

今回のテーマは「未来への投資」、参加ナヴィゲーターは、登山家で医師の今井通子さん、目黒雅叙園社長の梶明彦さん、CGアーティストの河口洋一郎さん、筑波大大学院教授の北川高嗣さん、東大大学院教授の黒田玲子さん、シーエーシー社長の島田俊夫さん、帝人会長の長島徹さん、東大大学院教授の廣瀬通孝さん、デザイナーの山本寛斎さん、文部科学省・宇宙開発委員会委員長の池上徹彦さん、そして兵庫県の井戸敏三知事である。

幅広い視野から最新の情報や興味深い考え方のシャワーを浴び、しなやかで強いエネルギーのおすそ分けをいただいた。面白いお話の数々すべてを書ききろうとするときりがないので、とりわけ、心に残ったことばを記しておきます(一言一句厳密に正確というわけではなく、こういうことをお話になった・・・という、あくまで私の心の中に書きとめられたメモである)。

○最先端CGを使って、故郷である種子島の生物からインスピレーションを得た白日夢のようなアートを作りだしている河口洋一郎さん。「モノづくりの限界に挑戦したい。一点ものでいいんだ。その一点の密度を、できるだけ複雑に高めていくことで、限界に挑みたい。あとは勝手にコピーしてもらえればいいんだ」

ココ・シャネルの、コピー商品に対する態度を連想した。シャネルの服はコピーされまくりで、にせシャネルがあとをたたなかったのだが、彼女は平然としていた。精緻をきわめたオリジナルは、コピーされればされるほど、その価値を高めるのだ、という絶対の自信に支えられた発想だった。あとに続く人が「河口風」をまねしても、限界をきわめたオリジナルには到底、及ばない。逆に模倣されることでオリジナルの価値がいっそう高まる。模倣されることは、本物であれば、警戒するに及ばないのだと実感。「本物である」ことがいちばん、難しいんだけど(笑)。

○デザイナーとしてばかりかプロデューサーとしてもエネルギッシュに活躍する山本寛斎さん。「これまでの成功ルールがまったく適用できない時代がくるだろう」。

「日本人はとてもすばらしい資質をもっているのに、<奇>と<異>を嫌い、グループの中で安心するというのが、問題」。

「ほんとうに<腹が減った>という思いをしたことはあるか。そんな経験をした人はわかると思うが、今の不況なんて、たいしたことないんだよ。本当に腹が減ったら、外へ出ていって勝負するしかない。日本の力を世界に認めさせたパイオニア的なデザイナーたちは、みんな手弁当で世界へ出て行て、成功を勝ち取ってきた。今のデザイナーたちは政府の援助を得ていながら、外へ出ていこうというマインドがない。安心できる集団のなかで認められればいい、と思っているのではないか。まずはそこから改めなくては」

「デザイナー同士で互いにコピーはできる。でもユニクロの服はコピーできない。1000円のジーンズなんて、どうしたってまねできない」

寛斎さんの名刺の裏には、赤地に○(日の丸の逆パターン)のスタイリッシュな絵柄を背景に、「上を向こう、日本。」と書いてある。周囲を元気にする波動を感じる、とてもパワフルな方である。

○黒田玲子さん。「今の日本人は傷つかないように、傷つかないように・・・ということばかり気にしている。誰かが何かささいなことを言った、というだけでバッシングする、という空気があるからなのだが、これは異様。世界にはもっと生きるか死ぬかのレベルでハングリーに、本気で闘っている人たちのほうが大勢いて、これからはそういう人たちと一緒にやっていかなくてはならない。グローバルな時代における日本の立ち位置をしっかりわきまえた、時代意識をもつ人を、育てていかなくてはならない」

○今井通子さん。「奇人変人がいないと、未来はない。ほんとうは、日本人にはとても能力がある。若い人は、勝つことのできるコンテンツを送り出す能力をもっている。なのに、<よしましょうよ>と思う。トラブルが起きるのがいやだから、と上や周囲が予防的に抑えてしまう。成功した日本人は、<目立たないようにすること>が成功の秘訣という。目立っちゃいけない、と相手の顔色ばかりうかがうようなマインドは、アジアには受けるかもしれないが、これからの世界で勝負するにはそれを克服するようなリーダーシップの養成も必要」

ほかにも、宝物のようなことばをたくさんうかがったのだが、すべて書ききれなくてすみません。多くの方が、日本人は能力が高く、世界でリーダーシップをとれるコンテンツを送り出す力はあるのに、グローバルに出ていくためのマインドのところで互いに足を引っ張り合っているようなところがある、と指摘していたのが印象的だった。

メディアに携わる人も、ささいなことでの有名人バッシングに精を出したり、「日本はもうダメだ、たいへんな時代がくる」とネガティブなことばかり書いている場合ではないのではないか。外へ出て頑張ろうとしている日本人をもっとほめて、励まして、全体の士気をひっぱりあげるほどのムードを、もっと本気で作ろうとしてもよいのではないかと思う。「ほんとうに<腹が減った>という思い」を、(他国に比べて)まだ多くの人がしていない、今のうちに。

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2010年3月12日 (金)

「悔い改めない」放蕩者の悲喜劇

カルロス・サウラ監督の「ドン・ジョヴァンニ  天才劇作家とモーツァルトの出会い」、4月公開に先駆けて一足早く見る機会をいただく。モーツアルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」が完成するまでのいきさつが、劇作家ダ・ポンテの放蕩生活と最後の恋を中心に、その師カサノヴァ、作曲家サリエリ、モーツアルトなどとの関係のなかに描かれる。

「サロメ」や「カルメン」を撮っているあのカルロス・サウラだから、きっちり正攻法できまじめ、隙はない。音楽は完璧、衣装やヘアメイクも時代考証に基づいて正確に再現しており、18世紀のヴェネツイア、ウィーンの情景を、ワンシーンワンシーン、重厚な絵画のように見せていく。18世紀好きには眼福である。男性も刺繍入りのジュストコール&ニーブリーチズで着飾り、女性はパニエでスカートを膨らませていた、ファッション史的にはもっとも華やかなロココ様式である。

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「ドン・ジョヴァンニ」は音楽だけは知っていても、演じられるオペラとして通して観たことはなかったので(歌詞もイタリア語だとわからないし)、こういう話だったのか!という驚きも大きかった。喜劇のトーンが主調でありながら、ラスト、石像が「悔い改めよ」と迫ってくるところなど、けっこうシリアスで悲劇的。放蕩の末、悔い改めなんかせず、地獄の業火に焼かれるドン・ジョヴァンニの悲喜劇は、破綻しながらも筋が通っていて、かっこいい。

今の作家の方が逆にいろんなしめつけが大きいかもしれない。「悲劇か喜劇、どっちかにすっきりまとめてよ」というプロデューサーの注文や、「世間体も考えて最後は悔い改めさせてよ」というスポンサーのご意向が目に見えるようだ・・・。悲劇のなかに効果的に喜劇的要素を入れるとか、あるいはその逆とか、その程度のことは許されても、最終的には、観客がすっきり納得する形に無理なく収めなくてはならない。でも、そういうことを気にしていると、たぶん、小さくまとまりはするだろうけど、のちのちまで多くの人の心をざわつかせる「古典」にはならないのだろうな。

サウラはその複雑な古典を「劇中劇」のように撮り、それを書いたダ・ポンテの人生のほうは、フィールグッド効果がほしい現代人の心にもおさまりのよさそうなエンディングにまとめる。

破綻だらけで、悔い改めず地獄に堕ちる。現実にはあまり許されないからこそ、ちょっと憧れを誘われる。

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4月10日(土)、Bunkamuraル・シネマ、銀座テアトルシネマ他全国順次ロードショー

配給:ロングライド

2009: Edelweiss Production (Italia), Intervenciones Novo Film 2006, AIE e Radio Plus (Spagna)
> AIE e Radio Plus (Spagna)

                 

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2010年3月10日 (水)

グローバルな<文化商品>は言葉を必要としないもの

あわてて確定申告の準備を始め、どうしてもわけがわからない言葉というかシステムをわかるように説明してもらいに行ったら税務署のプレハブの中で3時間待ちであった。ようやく順番がきて説明してもらえた時間は、5分だった。

待っている間に、読みかけだった水村美苗『日本語が亡びるとき』(筑摩書房)読み終える。最初のエッセイ風のところは楽しく入っていけたが、中盤、やや専門的な言語の歴史の話に入ってくるあたりから、読むのに気力が必要になった。とはいえ、これだけの問いを、今の日本に投げかけるその勇気に、まずは心打たれた。「遊園地のように、すべてが小さくて騒々しい、ひたすら幼稚な光景」と形容された今の日本の文壇からは、相当なバッシングがあったのではないか。とはいえ、「小林秀雄賞受賞」と帯に書いてあるから、案外そうでもないのかな。

スノビズムについて、的確な指摘あり。

「世界の様子がわかるにつれ、世界のスノビズムもわかってきた。世界のスノビズムがわかってくれば、辺境ほどスノッブになるという法則が働く。(今、ヨーロッパの「ブランド品」の最大の市場が東アジアなのと同じである。)」

また、ハリウッド映画をはじめ「グローバル」な文化商品についても、納得の指摘。

「グローバルな<文化商品>とは、ほんとうの意味で言葉を必要としないもの―ほんとうの意味で翻訳を必要としないものでしかありえない。グローバルな<文化商品>といえばハリウッド映画がその代表だが、今や収益の五割以上を輸出に頼っているハリウッドの映画産業は、制作費が巨大な映画ほど、輸出用にわざと台詞を少なく抑え、捉えにくい個別的な<現実>を描こうとする代わりに、人類に共通する神話的世界を描こうとしている。目をみはるほどの勢いで進化するCGの技術を駆使しながら、これまた目をみはるほど古くさい壮絶な善悪の戦いが氾濫する所以である。商業主義のハリウッドであるからこそ、翻訳というものの困難を充分に承知しているのである。言葉の力だけは、グローバルなものと無縁でしかありえない」

かの「アヴァター」も、最先端のCG技術で古くさい神話的世界を描いて、世界的な文化商品として成功している。

それにしても税金関係の言葉というのは、日本語なんだろうか。難しすぎる(涙)。

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2010年3月 9日 (火)

学問にも虚構性が必要

立花隆+佐藤優『ぼくらの頭脳の鍛え方』(文春新書)読み終える。ギモンをさしはさみたい意見もちらりちらりとあったものの、タフな知性の持ち主二人の刺激的な対談で、面白く読んだ。

とりわけ、学生さんにもぜひとも伝えておきたい、と思ったのが、占い本ブームに対する警鐘。細木数子はなぜ100%当たるのか?ということに対する解説が、わかりやすい。

佐藤「たとえば『このままの姿勢だったら、来年の5月。文春新書はスッテンテンになって、文春新書の編集者は地獄に落ちるわよ』と、こういう予言なんですね」

立花「そう、そう」

佐藤「来年の5月、編集長を更迭になっていたら、予言が当たったんです。ところが、編集長にとどまり、文春新書が当たっていたら、『私が言ったとおりに心を入れ換えたから、当たった』ということになって、やっぱり当たるんです(笑)。これは論理学でいうところのトートロジーですよね。彼女はトートロジーを作る天才なんですよ。『明日の天気は雨か、雨以外のいずれかです』という天気予報をしているようなものです。だから彼女の占いは100%当たる」

・・・と理性ではわかっていても、なんだか占いってついつい見ちゃうんだよなあ。今日をとりあえず生き抜く頼もしい言葉がほしいときって、あるのだ。だから上手にトートロジーを駆使できる占い師のことばは、当たるとか当たらないとかに関わらず、需要があるのだろう。

また、文学が実学だ、という佐藤優氏の見方には、納得するところあり。

「虚構性を学問(総合知)に取り入れる必要があると思うんです。言い換えると知的な基礎訓練を受けた人たちが、物語を読み解き、また場合によっては物語をつくることができるようになる必要があります。そうじゃないと、世の中で流通していることの物語性がわからなくなってしまう」

世の中を見て、そのなかで自分の立ち位置を探していくための鍵は、複雑な諸現象からいかに「物語」をつむいでいくのかというあたりにあるのでは、と思うことがある。

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2010年3月 8日 (月)

パールの価値と女の価値をめぐる複雑な心理

パール卸会社、(株)パールスペンサーのシノダさんが大学にお見えになり、ネックレスなどの留め金をパールの粒や貴金属でつくった「ワイズジェム」のシステムを説明してくださる。パールのネックレスの留め金がいつのまにかぐるりと前に回ってしまったりするのは、やや恥ずかしいものだが、この留め金を使えば、逆にそのパーツを「主役」にすることさえできる。

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留め金を替えればイメージががらりと変わるし、何本かネックレスをつないでロングネックレスを作ることもできる。パールの楽しみ方は広がるかもしれない。

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ただ、手持ちのパールをこの留め金に変えようとすれば、リフォームが必要になる。芯糸を替えるなど、パールのメンテナンスのタイミングは何度かあると思うのだが、リフォームのために手持ちのパールをプロの業者さんに見せる必要がでてくると、多くの女性は「恥ずかしがる」のだそうである。

自分がもっているパールの品質がどのくらいのレベルなのか。ひょっとしたらあまり上等のものではないかもしれないのではないか。いろいろなことがプロに「わかってしまう」のが恥ずかしさの理由ではないか、とシノダさんはその複雑な心理を推測する。

持ち物としての宝石と、本人の価値とはまったく関係がない。大事なのは、宝石をめぐる個人的なストーリーであり、思いである。

でも、それが、大切な人から贈られたものであったり、なにかの大きな節目の記念品であったりすればするほど、それが上等ではなかった場合に、「私の価値はこの程度か」というような気分にもなりうるだろうことは、わからないでもないような・・・。

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2010年3月 7日 (日)

「年齢も魅力のひとつ」

『恋するベーカリー』。原題は"It's Complicated"。ややこしくて、ほろ苦い話のはずなんだけど、危なかったり下品だったりするネタもまじえつつ、2時間ずっと軽やかに笑わせて、幸せな気持ちで帰してくれる。大人の芸当だなあ。

メリル・ストリープが60歳のラブコメヒロイン、ベッドシーンつき。たしかこの方が「マディソン郡の橋」で40歳のヒロインをやったとき、物議をかもしていた記憶がある。見苦しい、というようなヒハンも多かった。時代は変わって、40歳で現役は当たり前の世の中になり、60歳にして「マディソン郡」以上の生々しい恋愛模様である。アレック・ボールドウィンのメタボ+体毛もじゃもじゃの体型がコミカルな味を出していたのが、救いだったかもしれない。あと20年すれば80歳のラブコメヒロインだって出てくるんだろうか。メリル・ストリープが健在ならば、夢物語ではないようにも思えてくる。タイトルにした「年齢も魅力のひとつ」はスティーブ・マーチンがメリル・ストリープをほめて言ったセリフ(厳格に正確ではないかも)。

長女のフィアンセ役の、ジョン・クラシンスキーがとてもよかった。役者としていい、ということもあるが、なんといっても役柄がいい。映画の中でいちばん印象に残ったキャラである。家族の一員として、ああいう娘婿がいてくれると、安心だろうなあ、いてほしいなあと思わせる。お嬢さんをもつ友人が、いつも若い男性を「娘婿としてどうか?」という観点で見ていることを思い出した(笑)。娘婿として頼もしいこと。これからの男性に求められる資質のひとつかもしれん・・・。

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2010年3月 6日 (土)

キュビズム&アールデコ+洗練+冷たい官能+白日夢=レンピッカ

タマラ・ド・レンピッカ展@BUNKAMURA。

キュビズムの影響もうかがわれる幾何学的な力強さ。アール・デコ的洗練。深遠に引き込まれるような恐怖もはらんだエレガンス。冷たい官能。レンピッカの世界に浸り、しばし暗くて妖しい白日夢を見ていたような気分になる。

「緑の服の女」は、ただただ全身で感じるしかない迫力の美しさ。表現する言葉も浮かばないので、ストラップを買って、毎日眺めることにした(笑)。「イーラ・Pの肖像」、「カラーの花束」にも、鳥肌が立つようなこの世のものならぬ感覚せりあがってくるし、「タデウシュ・ド・レンピッキの肖像」の金属のような表面感と、結婚指輪をしていたはずの左手をあえて未完成にするという表現(その後タマラはタデウシュと離婚)の人間くささに、心をわしづかみにされる。

レンピッカがもっとも奔放に彼女らしい輝きを発揮したのが、20年代から30年代初め、という比較的短い期間。その頃の作品をもっとたくさん見たいと思ったが、点数がすくないのが悔やまれる。大不況期~大戦に入るあたりから、世の中の暗いムードが作品に影を落とし、彼女らしさが薄まっていく。経済はやはり芸術にも大きな影響を及ぼしているのだということを痛く実感する。

レンピッカの最盛期の作品は、誰とも比べることができない。一目見て「レンピッカ!」とわかる、誰もまねができない「レンピッカ印」が刻印されている。芸術を志すなら、めざすレベルは「とりかえがきかない」というレベルであるなあ、と改めて思う。

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2010年3月 4日 (木)

ファッションにおける「歯磨き効果」とは

英「テレグラフ」の名物記者ヒラリー・アレグザンダーが、アカデミー賞のレッドカーペットに向けてドレス選びの真っ最中の女優たちに対し、「トップ10ファッションルール」のアドバイスをおこなう記事(3月3日付け)。今年は、活躍した女優たちの年齢層も上がっていて、喜ばしいことなのだけれど、レッドカーペットドレスとなると、年齢による衰えも露呈させてしまう。おもにそういう「カンロクの」女優に向けてのアドバイスと受け取れたが、半分誇張、半分シリアス、の愛あるアドバイスで笑えた。面白い言葉にも出会ったので、紹介。

1、胸元に「歯磨き効果(The Toothpaste Effect)」を与えるな。

歯磨きペーストのチューブを真ん中でぎゅーっとしぼると、ふたつの塊がむりやりできる。1サイズか2サイズ下の、サイズが小さすぎるドレスを着た時にデコルテに生じるむりやりな効果がコレ、ということであるらしい。美しい谷間ならともかく、強引に作る胸の谷間はしょぼいばかりだからやめようね、という助言。Toothpaste Effectという発想に笑う。

以下、簡単に紹介。

2.後姿をチェックせよ

女優でさえ、VPL(visible panty line)=下着の線がくっきり、という問題が多発。

3.太股が限界

大胆にスリットの入ったドレスはいいけれど、ビキニライン近くのセルライトまでテレビに映るのはカンベン。

4、アンダーウエア

決してその存在を感じさせてはならない。下着なしでいけというのではなく、まるで下着の存在を感じさせないように、素材やサイズや色を選びぬけ、と。

5、武装せよ(Arm Yourself)

二の腕まわりがくたびれてきた女優は、いつぞやのヘレン・ミレンのように、シフォンやチュールのシュラグ(ボレロ風の肩だけ覆う上衣)に頼れ。

6.メイクアップは白日の下でチェックせよ

7.年齢に無理のない装いをせよ

退屈な話と聞こえるが、さすがにお嬢さんが着るようなドレスは、「大女優」には似合わない。

8.ウルトラヒール

はくのであれば、家で練習してくること。ペディキュアが完璧かチェックすること。リムジンのなかでほっとできるようなフラットヒールを用意すること。

9.ドレスの選択は正しいか?

スタイリストが選んだドレスを愛すことができなければ、やめること。着て、心の底から安心できるドレスを選べ。

10.スマイル

これが最高のアクセサリーである。

メリル・ストリープ、ヘレン・ミレンらのカンロクの大女優、サンドラ・ブロックら「若さとセクシーさで勝負しているわけではない」女優もオスカー候補になっている今年、彼女らがどんなドレスで登場してくれるのか、若くて何を着ても美しい女優以上に、楽しみ。

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2010年3月 3日 (水)

「地獄を体験しているなら、そのまま突き進め」

「世界のトップリーダー英語名言集 BUSINESS」(Jリサーチ出版)。CDつき。実用英語の本を作る企画の提案をいただき、ありがたいことと感謝しながら具体案が浮かばないのでなにかヒントになるかと見つくろってきた本の山のひとつ。ビル・ゲイツ、カルロス・ゴーン、ピーター・ドラッカー、リチャード・ブランソンはじめビジネス界で成功をおさめた人の英語が、「夢」「お金」「リーダーシップ」「困難」など16のテーマ別におさめられている。英語版ジコケイハツ本といったイメージ。

アメリカには「モチベーター」という職業があることを知った。人々をやる気にさせるための講演をしたり、本を書いたりする人ですね。そんなジコケイハツ専門家(?)であるジグ・ジグラーや、オグ・マンディーノといった人たちの言葉も紹介されていた。業種を超えて多くの人にアピールしようと思えばやはりこういう分野になるのは、どの国でも同じなんだろうか。

サイドエフェクトとして、錚々たるビジネスリーダーたちのプロフィル(の一部)を知ることができたのがよかった。レイ・クロックがマクドナルドを創業したとき、52歳だった。カーネル・サンダースがケンタッキー・フライドチキンを創業した時、65歳だった。年だから、なんて言ってる場合ではない。

'A man is not too old until regrets take the place of dreams.'「人は老いない。後悔が夢にとって替わるまでは」(俳優ジョン・バリモア)

'Money isn't the scarcest resource --- imagination is.'「金は希少な資源ではない。希少なのは想像力である」(ペインテッド・ウルフ社の共同創業者リンダ・イエーツ)

'When you're going through hell, keep going.'「地獄を体験しているなら、そのまま突き進め」(ウィンストン・チャーチル)

'Remember that failure is an event, not a person.'「失敗はできごとである。人ではない」(ジグ・ジグラー)

'When I was young I observed that nine out of ten things I did were failures, so I did ten times more work.「若かった頃、手がけることの10のうち9は失敗した。だから私はさらに10倍働いたのだ」(劇作家ジョージ・バーナード・ショウ)

ありがたくかっこいい言葉の数々は、たぶん、麻薬というかドリンク剤みたいに、そのときどきのモチベーターとして効果的なのかもしれないが、実際に「偉業をなしとげた」人たちは、地をはいつくばるようにして常人の10倍、20倍、それこそ「地獄を突き進む」ように闘ってきたのだということを教えられる。

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2010年3月 1日 (月)

ニッカーズ、流行するのか?

2010-2011秋冬ミラノファッションウィークが一通り終わる。最近はほとんどのブランドがyou tubeやHPでショウの模様やバックステージの様子を同時中継している。さきがけはドルチェ&ガッバーナだったが、今期もiPHONEに動画を流すなど、初めての試みをおこなっている。フロントロウの客として脚光を浴びるのも、若いファッションブロガー(なかには13歳もいる)で、彼らがツイッターやブログでほぼ同時にショウの模様をリポートするのがウケているらしい。訓練を受けたファッションジャーナリストの記事が活字になるころには、もう「ニュース」としての新鮮さはなくなっている。活字ならではの勝負のしかたが問われるような時代にきている。

コレクションの内容に関して、春夏にひきつづき、引っかかっているのが、ドル&ガバのニッカーズである。ショートパンツをさらに短くした、ブルマのような下衣である。中学生の体操服か?というような。イギリス英語でKNICKERSといえば女性用の下着をさすのだが、コレクションで発表されているKNICKERSは、もちろん、アウターとしてのもの。

ドル&ガバが春夏にこれを出してきたときにはかなりぎょっとしたが(ありえない!と思って)、秋冬にはさらにこれをテイラードジャケットと合わせるなどして、本気で提案している。ドル&ガバのHPでも、一押しのスタイルとして大々的にフィーチャーしている。http://www.dolcegabbana.com/

現に、レディ・ガガやビヨンセなどの女性アーチストたちはこれを臆せず着ている。思えば、長いトラウザーズをはいている女性アーチストが、いつのまにか見当たらない。ショートパンツ、さらにそれを短くしたニッカーズすれすれが目立つ。長い場合はタイツみたいなレギンスばかり。

今はありえないと思っていても、見なれてしまうと着てしまうのが、ファッションのおそろしさというか面白さでもある。ニッカーズの行方、要チェックである。

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