「広い世界を広く生きる」
◇「ENGINE」12月号、表紙の男・渡辺謙さんの、鈴木正文編集長によるインタビュー記事が面白かった。
これを読んではじめて知ったのだが、渡辺謙さんは、5月、東京新聞に「政治家たち将来像を語れ」という投書を出していたのだという!
鈴木編集長はその投書の中身も讃えているが、中身もさることながら、そんな規格外の行動をする渡辺謙を、敬意をこめてこう表現する。
「渡辺謙という人間が、頼まれたわけでもないのにそういう投書をする『構え』の持ち主であって、同時に当代きっての大衆的人気と俳優的実力を兼ね備えた存在でもある、というようなことを知ったときに、ああ、この人はただ俳優をやるということのためだけに俳優をやっている人ではないのだ、というかたちでこっちの腑に落ちてくる」
政治的な思いを「投書」というかたちで(日本の人気俳優の行動としては、たしかに「規格外」)表に出すことについて、渡辺さん自身は、このように語る。
「こういうメッセージを伝えるということに、曲解を恐れて腰が引けていたときもあったんですが、でも、伝えないと伝わらないんだ、いうべきことをいうのは悪いことではないんだ、とおもうんです。じぶんの主義主張を訴えていくということではなく、じぶんを開いていく、いろんな窓を開けて風通しをよくしていくことが、俳優という僕らの仕事と社会をつなげるあり方としてあるんじゃないかって気がするんですね」
読んでいるこちら側にもすがすがしい風が通りぬけていく感じ。自分の行動や可能性に対して枠をもうけない、制約を課さない、真の自由人の姿だなあ・・・・・・とあらためてほれぼれと写真を見直す。
◇朝日新聞27日付、斎藤美奈子「文芸時評」。新人賞受賞作が、お笑いのノリになっているという指摘。
「みんなに共通するこの『ネタ感』『お芝居感』は何だろう。『退屈恐怖症』に加えていえば『マジレス(真面目に応答すること)恐怖症』? 木の上のツリーハウスじゃないけれど、地面からいくらか浮いたところでコミュニケーションをとる。それが若い世代の流儀だとしたら、いよいよそれが文学の世界にも進出してきた感あり」
マジレスを恐れ、「ネタ感」をだすのがいい、という風潮は、学生さんのプレゼンテーションを見ていてもぼんやりと感じていたことであった。そうか、文学の世界にもついに。
でもこれを読んで、はたと思ったのだが。考えてみれば、「マンガ×モード」シンポジウムのきっかけになった「ヴォーグ」にしても、「ネタですから!!!」と扱うのが正しい読み方だったのかもしれない。なんだかそれにマジレスしちゃった仕掛け人たちに、マジレスでのせられちゃった自分のイタイ感、あるような気もしてきた・・・・・・。
とはいえ、そんな誤解から、思わぬ成果が育っていくこともある(と信じたい)。
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