富裕ではなく、有閑であるべき理由
山田登世子先生の『贅沢の条件』(岩波新書)読了。勉強になった。とりわけ気になった指摘、覚えておきたいことなどを、備忘録まで。
「金持ちであることはそれだけでは名誉ではないのだ。いやむしろ、もしその富が労働の成果であるのなら、できるかぎり労働の痕跡を消し去ることが名誉につながる。貴族的伝統を長く培ってきたヨーロッパでは、『労働』は名誉どころか、不名誉な隷属的性格を払拭できない。紳士とはまさしく労働に手を染めない人間のことである―なにしろ近代以前、貴族は名誉のために法によって働くことを禁じられていたのだから―だからこそヴェブレンの書のタイトルは、『富裕階級の理論』ではなく、『有閑階級の理論』なのである」。
「貴族の浪費からブルジョワジーの労働へ―この世紀の転換を、luxe(贅沢)からwealth(富)への転換だといってもいいだろう。貴族たちの義務でもあったluxeは、いまや『不生産的消費』の同義語となって断罪され、市民たちの勤労の成果こそがwealthとなって国富を形成する」。
「要するに茉莉の言いたいのは、贅沢は悪であるどころか、堂々と朗らかに『楽しむ』ものであるということである。自分のやりたいこと、楽しいことを、嬉々としてやること―そして人生でそれ以外のことはやりたくないという『子ども』のような自己中心性。ほんものの『贅沢の精神』とはそれ以外の何ものでもない」。
読みたい、読まねばならない本のリストもたくさん加わった。本を読めば読むほどリストが積み上がる一方・・・。
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