« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »

2009年4月

2009年4月30日 (木)

マルサネ クロ・デュ・ロワ

悲しいことと惨めなことと腹立たしいことがセットで襲ってきた一日だったので(こういうのは、いちいち記さずに「忘れる」にかぎる・・・)、「今週のこの一本」を早めにあけることにする。

マルサネ クロ・デュ・ロワ(ドメーヌ・エルヴェ・シャルロバン 2006)。ブルゴーニュワインのいいところが全部ぎっしり凝縮してつめこまれているのに、さらっと口当たりが軽い。ものすごく深くて複雑で奥行きがあるのに、口当たりは実に軽やかなのである。こんなのありなのか。

人生のありとあらゆる苦難を経てきているはずなのに、飄々と軽やかで涼しげな人、というのを想像してしまった。あー。そんな人に、私もなりたい(こういうのを、世間ではヤケ酒と呼ぶ!? でもこのワインは悪酔いはさせない)。

新しい出会いが連続した4月は、長くて濃かった。健康で無事に過ごせたうえ、多くの人に出会えたことに、なによりも感謝する。

☆☆☆以下翌朝記。

ブルゴーニュなのにボルドーと書き間違えたり(↑訂正済み)失礼しました・・・。いつもよりぐっすり長時間眠れたうえ、極彩色の楽しい夢を見られて(夢はどこから来るのでしょう?たぶんよいワインも無意識の脳細胞にしみこんで夢の原料になる。笑)、飲んだ後までよい思いをしました。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月28日 (火)

水辺こそドレスアップ?

英「テレグラフ」のファッションジャーナリスト、ヒラリー・アレグザンダーによる動画記事「ビーチ美女になろう!(Be a beach belle)」に、笑えました。

セルライトとかはみだし肉とか脱毛とか背中のケアとか心配していると、永遠に水着になどなれん。だが短い人生の、さらに短いサマーシーズンを満喫するには、そんなことぐらいで水辺から引っ込んでいてはいけないのですね。

ならばどうするか? ドレスアップせよ! というのがヒラリーの提案である。

水着の上にカフタン、巻きもの(透けるシルクシフォンならなおよし)でミステリアスにボディをおおい、(町中ではムリめな)巨大イヤリングや大ぶりのネックレスとブレスをここぞと使う。足もとも、ビジューをごってりあしらったサンダルできめて、ビーチ美女の完成。

・・・がこのビーチ美女、水に入ることははなから想定されてないようです。ほかのビーチ美女もアクセサリーがんがんつけていれば、周囲から浮かないとは思うのですが・・・。

さて。

発売中の「週刊新潮」の掲示板で、しつこく(すいません)21世紀辞書の宣伝しております。学生さんは自分が関わるプロジェクトがちょっとだけでもパブリックになったら発奮するだろう、とも思い。

ところが、かんじんのウェブサイト立ち上げのところで滞っております。各種サポートの方には聞きつづけているのですが、えんえんと返答がこないまま。なにせ私のITに関わる基本知識が標準以下なのも問題なのかもしれません。20人ほどがブログ形式で新語の定義をアップしていける、いちばん簡単な方法はどんなものでしょう??? ココログプロとMTのアカウントはもっています。お知恵をご恵贈いただける方、ヘルプ!です。どうぞよろしくお願い申し上げます。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月27日 (月)

バルマンがくる? 

モード欄はバルマン、バルマン、ピエール・バルマン。あのセレブも、このセレブも、肩を80年代パロディのようにとがらせたバルマンのジャケットやドレスを着ている。マドンナ風だったりマイケル・ジャクソンちっくだったり。どうやらデザイナーがクリストフ・ドゥカルナンになってからおもしろくなってきたようなのだが。バルマン風のポーズのとりかたも、「新しいボディランゲージ」としてとりあげられていた(英「ガーディアン」)。日本ではどうなるだろう?

ついでに、「ガーディアン」では、 ステラ・マッカートニーのモデルがランウェイで微笑んでいることも新しいボディランゲージとしてとりあげていた。たしかに、トップブランドのモデルは音楽に合わせることなんかせず、不機嫌な顔して歩いているイメージ大。モデルがランウェイでスマイルって・・・。でも空気感のあるやさしいステラの作品には、あたたかなスマイルはよく似合うと感じました。このスマイルも、ベジタリアンでエコロジカルな彼女の思想の延長上にある演出なのでしょうか。

ヴァンサンカン6月号発売です。「リュクシーなモード」で、インドのニューデリーで行われたラグジュアリー会議のテーマ「リスポンシブル・ラグジュアリー」および「サステナブル・ラグジュアリー」について書いています。

今月号でいちばんウケた特集は、<「さらわれ姫」香水>。さすがのネーミング! 私にはもっとも縁遠いジャンルではありますが(笑)。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月26日 (日)

スーザン・ボイル、きれいになるな、の声の嵐

スーザン・ボイルに英米メディアでバッシングの嵐。「もちあげてはこきおろす」メディアの常套手段とは思いましたが。髪をブラウンに染め、バーバリーのマフラーを巻いてつややかなレザージャケットをはおった「変身」スーザンを「許せない」と感じる大衆多数、というところです。(もちろん違う見方もある、ということをブログ読者の方から教えてもらいました。コメント参照です。↓ 感謝!)

「見かけに関係なく」彼女の声だけが好きなら、ほっといてやれよ!とも思うのですが。

・・・・・・でもやっぱり、ほっとけないのは、彼女のあかぬけない見かけを愛した、という証拠でもあるでしょうか。やっぱり「見かけなんか関係ない」ということはなかったようです。

詳しくは、6月発売の「フラウ」に書きました。人間の心理の不可解さは、こんな状況のときこそ考えるチャンスかとも思います。

                        

| コメント (2) | トラックバック (0)

2009年4月25日 (土)

ヴォーヌ・ロマネ

今週の気合の一本は、ヴォーヌ・ロマネ(ドメーヌ・グロ・フレール・エ・スール、2006年)。かのロマネ・コンティを産する「神に愛された村」の一本。どうやら2005年がよいできだったらしいのですが、予算内で購入できたのは、その翌年のもの。

しばらく開かせて、一口ふくんだ第一印象が、「意外と、苦い?」。ところが、口の中で、ゆっくりじわじわと酸味や果実味や渋みが広がっていきます。二口、三口とすすむにつれて、波状に広がるそれぞれの味が絶妙なバランスで整っていく感じ。これ、といった際立った特徴はないのですが、ものすごく慎重な全方位OKの優等生というイメージをいだきました。独特のニュアンスがあって深く、「ワインの自信」みたいなものを感じさせます。

それにしても生きているうちに味わってみたいのが、ロマネ・コンティ。価値を十二分に堪能できるよう、来るかどうかわからぬその日に備えて、五感と語彙力を万全に鍛えておきたいと思います!

★★★(以下、翌朝記す)

グラス2杯ちょっとだけで、その後けっこうすぐに眠くなり、夜は眠っていることも忘れるほど(?)深く眠ってました。割と早く重く酔いが回るという感じ(体調にもよるのかもしれないけど)、あまりないことです。外でいただくときは要注意、かも。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月24日 (金)

マンガ+モード

最近のモードが日本のマンガやアニメからインスピレーションを受けていることについて、Vogue Nipponから取材を受ける。

編集部の着眼点、さすが、鋭い。たしかに、その観点から見ると、最近のモードや世相のいろんなことがつながりはじめる。CG、コスプレ、不況期のシュールレアリスム、格差社会におけるラグジュアリー産業、カメラ小僧と草食系男子、個性なくてもキャラ欲しい日本人、劇場型社会・・・・・・。詳しくは誌面で。

そんなコ難しい話ぬきにしても、ときどき「脳内だけドロンジョ」に変貌するとラクになるなあと漠然と感じていた人間にとっては、なんとも楽しい話題だった。「わかってくださる」人を相手に話をするのは、ほんとうに楽しい。とりとめのなさそうな連想をどんどん出していって、話しながらいろんなことがつながっていく。

平日の昼間のブルガリカフェでそんな話をしていたのですが、客層を見れば、それこそ劇場でした。見たこともないようなゴージャスで美しい靴(をはいた女性)があちらにもこちらにも。見惚れっぱなし。短い人生、華麗に歩いてなんぼ、ですね(彼女たちにとってあたりまえの日常でしたら、しつれいしましたっ・・・・・・)。

「美肌一族」シリーズのシートマスク(そんなお肌でわたくしに勝てるとお思い?のアレ)にチョコレート成分配合というのが登場していた。あまりの着想にあんぐりし、つい使ってみる。しばらく顔から甘いチョコのにおいが消えなかった。どうなんだ、これ(笑)。このシリーズはとにかく、いいとか効くとかの価値基準をどうでもいいものにして、ばかばかしいほど楽しいところが好き。少なくとも笑顔になれる。次回の新製品にも期待します。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月22日 (水)

<巧さ>の先には

孫引用になって恐縮ですが。「タリーズ」でもらったJヌード70号の小泉今日子さん(透明感あって美しい~!)のインタビュー記事の、ある言葉にひっかかりました。

久世光彦さんが小泉さんの『空中庭園』を評して贈った言葉だそうである。「これ以上巧くなってはいけません。どこかイビツで間が抜けていて、ドジで子供っぽさが覗いて見える――そんな小泉らしさが、ぼくたちは楽しいのです。芝居も文章も<巧さ>の先には、あまり広い世界はありません」(キネ旬95年11月上旬号)

<巧さ>の先には、あまり広い世界はありません・・・?

深く感じ入るところがあって、切り取ってパソコンに貼っておいた。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月20日 (月)

スーザン現象:ルックスを味方につけた大勝利

あっちこっちで話題のスーザン・ボイル現象。流行おくれの服を着てグルーミングなどあんまりかまわない、一見場違いな47歳の「いなかのおばちゃん」がひとたび歌うと、奇跡のようにすばらしい歌声で会場を驚愕やら感動やらわけのわからぬ興奮で包み込んだ。イギリスのテレビ番組の話なのに、世界中で有名になり、日本の新聞まで大騒ぎ。

一夜で世界の心をつかんだスーザンのドラマは、彼女のあのルックスが強力な味方になっていたと感じる。誰が見ても美しい女性が、想像通りの美しい歌声で歌っても、あたりまえの感動(というのもなんだが)が広がる以上の現象は起こらなかったのではないか。(外見と歌声のギャップという点では、ジェロ現象にも通じるものが?) スーザンの場合、観客が「失笑」をもらしたほどのルックスだったからこそ、第一印象のマイナス分がプラスに転じ、圧倒的な驚愕と感動のドラマが生まれた。表面的な美しさばかりがもてはやされることの多い現代社会に対するガツンとした一撃にもなっていた。

スーザン現象をみて、つくづく思った。人はやはり外見を無視できないのである。美しけりゃあいいってもんでもないし、マズければそれだけで自暴自棄になる必要もない。外見をいかに味方につけるか、いかに内面と調和させるのか、その度量とか頭のよさとか心の大きさ豊かさみたいなものが、最終的には人の心をとらえる。「さえないルックス」と世間的にみなされる外見をまったく恥じることなく、逆にそれが生む効果を強力な味方につけて一発逆転のドラマを生み、世界中の心を奪ってしまったスーザン。拍手しました。

歌以上に記憶に残っているのが「47歳」という年齢に対する彼女のコメント――「私のほんの一面よ」。47歳という、世間的にはおばさんレッテルを貼られる年齢なんて、女の総合力のほんの一面。世間的にはダメ出しされるルックスも、人間の総合的魅力のほんの一面。そんなものよねっ。すてきなことばを、ありがとう。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月19日 (日)

ジュヴレ・シャンベルタン

カクテルコンテストの審査員までやってしまうお酒好きです。カクテル21杯、公平に審査できる理性をキープし続けられることから考えると、やはり体質的に強いのかな? 上限を知らず、わかりませんが。

量を追求してもどうなるものでなし、これからは少しずつ質のいいものとじっくり深くつきあってみたいと思う。同じ予算なら手頃なのを3本買うよりもいいものを1本、みたいな。なにがなんだかわからないまま3本消費するより、豊かな忘れ難い感覚を与えてくれる1本と丁寧につきあうほうがはるかによい効果をもたらすことに気づいた。人生は短い。安く楽に「流して」いけばラクだけどあっというまに老けていく。それじゃ虚しい。どうせなら、インパクトの強い鮮烈な経験をひとつひとつ重ねて濃く年を重ねていきたい。

・・・などなどとやや高めのワインを奮発するための言い訳(笑)。今日は、自分ではじめて買ってみたジュヴレ・シャンベルタン(ドメーヌ・ジャン・フィリップ・マルシャン、2007年)。接待などで外でいただくことはあっても、じっくりこのワインだけに向き合うことはなかった。(だいたい、ワインを外でいただいたときに感想をあとで書いておこうと思っても、家に帰るとすぐに寝入ってしまい、翌朝にはどんな味わいだったのか、すっかり忘れている)。

ナポレオンが溺愛していたワインとして有名。何年のできがどう、というところまではまだ私にはわからない。香り、味わい、色合いともに「ワインの王道」をいくような風格をもちながら、意外と後には華やかで軽やかな酸味が広がる。このあと口がなんともいえずすばらしい。ぱあっとローズ系(というかぶどう色)の花火が開いて、そのまま奇跡的にゆるゆると花開いている感じ、というか。甘酸っぱい多幸感がしばらく続く。どんなに今日一日が悲しくみじめであろうと(こんな日のほうが多い)、なんの根拠もなく、「明日はきっと大丈夫、バラ色だろう」と思えてきて(=錯覚して)しまう。ナポレオンが愛したのもまさにこの人生肯定効果?

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月18日 (土)

「名探偵コナン 漆黒の追跡者(チェイサー)」に拍手

ゴールデンウィークの序章はやはりこの映画から。「コナン」がなくては始まりません。で、当然のごとく、初日の観客動員数にカウントしてもらうべく、駆けつけます。

今年もやはり、期待を裏切らないすばらしいできばえでした。謎解き、細部のゆるいギャグにヒューマンドラマ、アクション、最後の爽快なカタルシスにいたるまで、よくぞここまで、という完成度の高いエンターテイメントを堪能しました。個人的には、ビートルズの第5番目のアルバムにまつわる謎解きと、蘭のロングヘアに貫通する弾丸の絵柄(007か?!)、予想もできなかったコナン君のラストの逆襲にしびれました(ネタバレになるので詳しく書けないのがツライ)。

製作にかかわった方々、よいものを見せていただき、ほんとうにありがとうございます!毎年毎年、「去年以上」のものを作り続けるのがどれほどたいへんなことか。 いちどなにかもの作りに関わった人間なら、そのすごさがわかるはず。終わると映画館は拍手の嵐でした。劇場でほかの観客とこんな一体感を味わえる映画もなかなかありません。製作者にこの拍手を聞かせたかった。おめでとうございます。帰宅して飲んだチェイサー(口直しのお酒)に、気分よく酔えました。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月17日 (金)

メンズ美顔ブーム

最近のメンズグルーミングの流行について、「UOMO」(集英社)から取材を受ける。パナソニックから出ているメンズの美顔器(毛穴吸引器とか、イオンスチーマーとか)の紹介を兼ねての記事になるらしいが、いやあ、びっくり、時代はついにそこまできていたのか。

美顔器の構造そのものは女子用と変わらないらしいのだが、容貌が黒っぽかったり若干大きめだったりするところで「メンズ」を主張している。メンズコスメ(スキンケア)はすっかり定着した感があって、なんだか肌のきれいな男性が増えたなあとは漠然と感じていたが。男性はいったんはまるとマニアックに走る傾向が強いみたいで、フルラインのケア(洗顔、パック、ローション、美容液、乳液、クリーム!)のその先を追求すれば、エステとか美顔マシンとかになるのは必然だろうか。詳しくは本誌で。

グルーミングやメイクに関する異常なほどの関心の高まり(男女を問わず)については、連載している携帯サイトにも書いたばかり。だが、携帯サイトに書いていることは、誰からも反応がない。携帯の小さな画面でまとまった文章を読むことが、私自身、できないというところがある(苦笑)。紙媒体で活字になったものには誰かが何か意見や感想を言ってくれて、ああそうかと思い、パブリックを意識して軌道修正しながら次に進む、ということができるのだが、携帯の文章ではまったくそれがない。これを読んで誰が何を感じているのか、フィードバックがないと、だんだん文章にハリがなくなってくる。「パブリックの目」というのはかくも強大な影響力をもつ。こんなんじゃいかん、その目を自分のなかにもちつづけてこそ真のプロだとは思うのだが。誰の目も感じられないところで緊張感をキープするのは、ものすごい精神力を必要とする(それがふつうにできる域をめざしてひたすら修行、ですね)。

グルーミングにおいても、似たようなところがある。パブリックの目を意識しないと、だんだん肌のハリがなくなり、髪の艶が失われてくる。人に見られることを意識し、人の反応をとりこむことで、肌は緊張感をもって「社会化」していくようなところがある。

過剰なほどのグルーミングへの熱中は、自己愛よりもむしろ、強い社会化願望とセットになっているようにも見える。ありのままの自分を愛せず、社会に認められてはじめて、認められた自分を愛することができる、というような。

| コメント (2) | トラックバック (0)

2009年4月16日 (木)

感情の垂れ流しと表現の自由は、違うもの

プロフだか掲示板だかに、品性のかけらもないひどいことを書かれて引きこもってしまった知人の話を聞きながら、悔しくて哀しい思いに引き裂かれる。匿名で、なんの根拠もない乱暴な中傷を、その言葉が及ぼす影響も考えずに書きちらすのは、ほんとうに傷ついたり、自殺したりする人まででるという点で、テロのようなものではないか。そんなものは表現の自由なんかじゃない。悪意の排泄でしかない。傷害罪が適用されていいほどの罪、という認識があってもいいのではないかと思う。

無視すればいいのだ、というのは、もっともな正論だが、現実に、なんの落ち度も、なんの関係もないのに標的にされ、心から血を流している人を目の前にしたときには、いったいどんな言葉をかけたらいいのか。

とにかく、あなたがそこにいてくれるというだけで、幸せを感じる人間がここにいる、くだらない中傷でつぶされるのではなく、あなたの笑顔を必要とする私のために笑ってほしい、ということだけを伝える。もっとマシなことがいえたらどんなによかったか。

私にしても、信頼してよいと思っていた人から、存在そのものを否定されるような雑言を浴びて、声がでなくなったこともある。「いったいなんで人間は、他人に対してこんな理不尽なことができるのか」という思いはずっとくすぶっていて、それが人間の心理をより深く知りたいという「研究」のモチベーションになっていたりする。

答えはまだ出ない。答えが出るまで、人や、人の作品に対して投げかける言葉は、基本的に、ほめるためにだけ使う、と決めている(嫌いなものはスルーするだけのこと)。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月15日 (水)

気になる新語、HENRY

朝起きたら、英語圏の新聞のウェブ版を10紙分くらいチェックする。タイムズ、インデペンデント、ガーディアン、ファイナンシャルタイムズ、ニューヨークタイムズ、ワシントンポスト、LAタイムズ、インターナショナル・ヘラルド・トリビューン、デイリーメイル、など。ほんの10年ほど前は、1週間遅れの膨大な量の紙に莫大な費用を払っていたのに。よい時代になりました。

最近、ちらほら見る新語で気になるものがある。HENRY すなわち'High Earner but Not Rich Yet'の頭文字をとってつくられたことば。

都会に住む専門職で、高給を稼いでいるはずなんだけど、税金や、生活のコストや社交費などで出費も多く、必ずしも「富裕」にはなっていない、という人をさす。High Earner (高給を稼ぐ者)は必ずしもRich(富裕)ではない、ってこと、たしかにありそうである。

たとえば、港区あたりで仕事をする専門職や独立系の人を見ていると、事務所経費もはんぱではないだろうし、車や持ち物、服装や社交などにも他の地域の倍以上の費用がかかりそうである・・・。そんな出費を差し引いてもなお「残す」のは、並大抵のことではないんだろうなあ、と思う(その並大抵ではないことをやってのける富裕層がいるのもまた都市部のすごさなのだが)。同じ収入層でも、「見栄えコスト」のかからない地域のほうが、案外、早く「富裕」層になっているのかも。(憶測ですが、あくまで)

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月14日 (火)

神戸ファッション美術館のマリンコレクション

春の定番トレンド(言語矛盾?)にもなりつつある、マリン。今春もメンズ、レディスともにネイヴィー&ホワイト&赤&ゴールド、ストライプ柄、舵輪柄、イルカ柄、星柄(なぜかマリンなのですね)などのマリンモチーフが目につく。

マリンといえば、神戸ファッション美術館に、知られざるマリンコレクションがあることはご存知ですか?(たぶん、ほとんど知られていない)Photo

一般には公開されてないのですが、神戸市が多額の資金を投じて集めたという、世界中の海軍の制服のコレクションなのです。昨秋、学芸員に頼んで、倉庫を見せてもらったのですが、「え?こんな国に海軍があるの?」という国の制服まで見事に揃っていて、圧巻でした。

Photo_2 とりわけ驚いたのは、スイスやオマーン、トルコなど、海軍との連想がにわかに結びつかない国の制服です。ドイツやイギリスの海軍は、なるほど、紳士服がとりいれるだけあって、ふつうに軍服としてかっこいいのですね。が、オマーンやトルコの制服は……なんというか・・・・・・王子様系なのです。肩のモールがこれでもかと派手だったり、やたら装飾がべたべたついていたり。「海軍のコスプレ」感をデフォルメしたような感じでしょうか。 たぶん、式典などで存在感をアピールするための制服なんだと思うのですが、とにかく、ゴージャスであったり、キッチュであったりで、おもしろいPhoto_3 のです。

で、ファッション美術館には、数十か国(もっとあったかも。うろ覚えですみません)の国の海軍の、さまざまな制服が(女性用も!)、靴や帽子、肩章、階級章、ワッペン、ボタン、カフスなどの細部にいたるまで、みごとにPhoto_6 コレクションしてあるのです。本物のマリンですよ(笑)? マリン好きな人に、ぜひ見せたPhoto_4 い。これ、どこかでささやかに公開する機会があればよいのにと思っているのですが・・・。

(写真もいくつか撮ってきましたが、アップロードがうまくいきません。オリジナルの写真を縮小すればよいようなのですが、その方法がわからず、サポートでもそこまでは教えてもらえませんでした。いつか問題がクリアできる日がきたら、写真を載せます。)

| コメント (4) | トラックバック (0)

2009年4月13日 (月)

辞書をつくります

大学の新学期。ファッション文化史の講義に大教室に人が座れないくらいあふれていて驚く(たぶん、初回だけのこととは思いますが・・・)。ファッション文化論が学問として大学で教えられる、ということじたいが20年前にはあんまり考えられなかっただけに、感無量。明治大学に感謝。

今年から始まったゼミナールでは、21世紀に誕生した英語の辞書をつくることにしました。オーソドックスな英和辞典に載っていない英語や、英和辞典の解説が時代感覚とずれてしまっている英語を集め、「ファッションワード辞典」としてウェブサイトでアップロードし、パブリックに役立てるのが目標。私自身がそういう辞書を欲しかったからつくろうと思ったまでですが、「一緒につくりたい」という学生が予想以上に多くて、困惑する羽目になる。希望者全員と一緒にできれば最高なのだが、ゼミは定員を超えてはならないという決まりがあり、断腸の思いで入室テストをする。公正を期し、私情を封じ、えこひいきなしに、英語の解釈力を有する学生を上から20人だけとる。お断りせざるをえなかった学生の中には、ファッションを学びたいという意欲の高い、よく知っている学生さんも多く、ひりひり心が痛む。今回ご一緒できなかった学生の皆様、ほんとうに申し訳ありませんでした。受け入れたくとも受け入れられない教師もまた、つらいです。

なんとか気を取り直し、公に通用するよい成果を残そう、と思う。ブログ読者の皆様もぜひ、「この英語表現は辞書に載ってないけど、なんて意味?」というのがあったらお寄せください(恐縮ですが、Fワードは除きます。大学で妙齢の女の子たちも品よく(!)討論可能な表現に限ってどうかよろしく)。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月12日 (日)

よき隣人

近所の親しい知人が庭でバーベキューをするというので、ワイン持参で参加。5ファミリーほどが集って、昼から暗くなる夕刻までえんえんと、食べて飲んで話して笑って過ごす。「隣人には無関心」を装う方が無難である場合が多い世の中にあって、近隣の人たちと、不快な思いをすることなく親しくつきあえるというのは、奇跡のようにありがたいことである。鶯の合唱の中(ホントなんです!)、二度と来ない美しい春の一日を堪能し、隣人の笑顔を心に刻んで元気をもらう。みなさま、ありがとう。紫外線はちょっと浴びすぎたようですが。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月11日 (土)

ワイヤーシューズ

見目麗しい靴は数あれど、仕事しやすい靴となると、難しい。コールハーンのハイヒールはナイキのエアクッション内臓でたしかに美ヒール靴としては優秀な部類に入るのだけど、さすがに丸一日はもたないのである。がんがん歩いて一日中仕事をしても疲れない美しい靴はないか・・・と探していたら、アンテプリマに遭遇。ワイヤーバッグではつとに名高いブランドですが、そのシューズ版。幅が足幅に応じてしなやかに広がるので、ぜんぜん痛くない!しかもおばさんっぽさゼロで、かなり旬な印象。アンテプリマが靴を出したのも、最近ではないか? (少なくとも昨年は見かけなかった気がする)

デザイナーの荻野さんに感謝、をこめて購入(ひょっとしたらシューズ部門は別のデザイナーなのかもしれませんが)。ラクちんなのにモードな印象の靴を、今後もたくさん作ってくださいますように。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月10日 (金)

「妖精のケーキ」が短命のアートに&ファンデはブラシで、の話

「フラウ」(講談社)5月号発売です。連載中の「ドルチェを待ちながら」vol.26で、カップケーキ(別名、妖精のケーキ)のトレンドと、最近話題になったそのアートな用いられ方に関して、エッセイを書いています。ご笑覧くださいませ。

外出先での化粧直し用のファンデ、今年はどこのにしようかとさんざん悩み、結局、ヘレナ・ルビンスタインに決定。理由はただ一つ。ブラシがついていて、それをケースに内蔵できること。

パウダリ―ファンデにブラシつき、というのは今年はRMKからも出ていたのですが、せっかくいい着眼点でありながら、なんと、肝心のブラシがケースに入らない! 「別々に持ち歩いてください」とのこと。ここまで詰めておきながら、なんで?

外出先でのファンデ直しにおいては、ブラシがいちばんふんわり、厚塗りになる恐れなくつくのです。しかも、外出先では第三者にコンパクトの中を見られることも考慮しなくてはいけないのですが、その場合、ファンデのついたスポンジを見られるのはかな~り憚られるもの。だけど、ブラシなら全然きれいでOKです。

パウダー分野では、ジヴァンシーの「プリズム」のベージュ系を筆頭に、内蔵型ですばらしいのがちらほらあるのですが、パウダリーファンデ分野では、見つけるのがかなり困難でした。

というわけで、今年はヘレナの開発者の方に、「こういうものがほしかったのです、ありがとう!」の思いをこめて、購入しました。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 9日 (木)

「無難」に反対

カーテンを20年も変えていない。よい生地なので10年はもつと聞いた記憶があったが、さすがに20年となると、思い切りくたびれてきた。で、いくつか生地をもってきてもらって、見積もりをしてもらう。

「これ!!!」と深く感動した生地が、イギリスのサンダーソンの大きな柄ものだったのだが、なんと予算の2倍の価格という。値段は正直なのですね。あきらめかけて、予算以内でおさまるもののなかから選ぼうとするのだが、どれもこれも同じに見えて、ぴんとこなくて、どうにも選ぶことができず、しだいに頭痛がしてくる。いったん、保留ということに。

何かに対してそれなりのお金を払うということは、それを作った人に対する感謝を示すことだと考えている。そうすることで、よいものを作る人に対するささやかな応援になるのではないかと(エラソーで恐縮だが)。「翼の王国」で1年間、モノを作る職人さんの取材をして得た考えでもあるのだが、作った人、企画した人、手元に届けるまで尽力してくれた人に感謝し、もっとがんばってと応援する。そういう気持ちを与えてくれるものに対してお金を払えば、よりよい世の中に貢献できる気が(たとえ錯覚であろうと)するのである。少なくとも、後悔することは少ない。だから、私は「安いから」「無難だから」という理由だけで、あんまりものを買わない。

ただ、こういう考え方をいつもいつも貫けるというわけではない。「応援したいもの」が予算をはるかに超える、今回のような場合に、困る羽目におちいる。「納得できなくても、ある程度がまん」しなくてはいけないようなものには、どんなに安くても、お金を使う気にはなれない。というか、「無難」でどこにでもありそうものを、こんなもんでいいだろう、という感じで提示してくるメーカーに対して、「賛同の一票」を投じる気になれないのである。20年もカーテンを変えなかった理由も、まさにそのあたりにあったりする。こうして私は極端に不自由な生活を送っている・・・車も「妥協」ができずに、4回ほど車検を通したものにまだ乗り続けている。ものすごくバランスが悪いことだとは自分がいちばん承知しているのだが(苦笑)。ま、さしあたって今のところは、カーテンは破けてはいないし、車は動く。

カーテンメーカーの方にお願い。ほどほどの価格で、「無難」で「平均的」なものじゃなくて、大胆華麗なカーテンをつくってください! (そういうのじゃ、商売にならないのかもしれないですが・・・)

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 8日 (水)

笑顔のチカラ

過酷な一日をめいいっぱい過ごし、「痛勤」電車に耐えて最寄の駅に降り、なんだか心身がどうしようもなく疲れているなあ・・・と思う日には、駅構内の神戸屋ベーカリーに立ち寄る。

理由はただひとつ。えもいえぬ美しい笑顔の店員さんからパンを買うためである。

彼女の名前は知らない。彼女も、おそらく私の名前など知らない。でも、いつも「お帰りなさい!」という心からの(と感じさせる)あたたかな笑顔で迎えてくれる。特別美人というわけでもない、名も知らぬ店員さんの、この笑顔に、一日の疲れとかいやなことだとかが、ふわっと溶けていく思いがする。仕事上の「スマイル0円」ではなく、ほんとうにおだやかで慈愛に満ちたスマイルである。オムロンの「スマイルスキャン」なんかでは到底測れないだろうと思われる(口角の上がりとか、目じりの下がりとかの、カタチの問題じゃないのである)、心から心に届くような笑顔。

雇い主は、わかっているだろうか、彼女がいかに売上に貢献しているかを。別にパンとかケーキとか食べたいわけではないときでも、ただ、店員の笑顔にハードな一日をふんわり癒されたくて買っている客がいるのですよ? しかも下心ある男ではなく、ごくふつーの中年女性客(笑)。

先日の茂木健一郎さんとの対談で、印象に残っていることばがある――「顔がきれいとかきれいじゃないとかはあまり問題にならない。自分自身と調和している女の人こそが、魅力的に見えるなあ」

自分自身と調和している人、と聞いて思い浮かんだ顔が、まさにこの店員さん。

人を癒す力をもつほどの笑顔の持ち主になれれば最高だと思うが、その秘密は、「自分自身との調和」なのかも? それが難しいからこそ、あれこれ悪あがきしているんだが。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 7日 (火)

ネイル用語「シボレー」とは

3週間に一度、ジェルネイルを付け替える。時間はとられるしお金もかかるしで、やめてしまってもいいのだけれど、いちど「リハビリ」と称して素爪にしたら、ぼろぼろと二枚爪になってひどい思いをしたので、あきらめた。いったん爪になにかを塗ったりのせたりするサイクルにはいってしまうと、降りることが難しい。

面倒ではあるんだけど、2時間ほどネイリストと向かい合っているあいだに、20代の女の子の感覚やトレンドもよくわかるし(ネイリストにはおしゃれでかわいらしい女性が多い)、ネイルアートのサンプル例(これが行くたびにみごとにバリエーションが増えているのだ)から時代の気分みたいなものが読み取れることも多い。

いま、「シボレー」と名づけられた形のジェルを施してもらっている。「フレンチ」は先端だけ爪の形に沿って違う色をのせるのだが、「シボレー」はその先端の色の部分をV字型というかシャープな山形にするわけですね。で、「シボレー」ってどういう意味?とネイリストに聞いても「さあ・・・わかりません。わたしも不思議に思って会社の上の人に聞いても、誰も知らないんですよ」と。

帰ってから、ひょっとしたら車のシヴォレーとなにか関係があるんじゃないかと思ってchevroletを調べてみると・・・・・・おっと、あった、そのちょっと下に、この爪の模様と同じ形の絵が。盾のイラストである。

語はchvron(シュヴロン)。

想像するに、最初にこの盾の形をネイルに施そうとした誰かが「シュヴロン」と言ったのを、次の人が「シュヴレー」と聞き、いつのまにか車の名前として聞いたことのある「シボレー」に置き換わっていったのじゃないか?

いずれにせよ、ネイル用語のシボレーは「盾」に由来するとみて間違いなさそうです。

逆シボレー、ダブルシボレー、トリプルシボレー、ミックスシボレー、となにがなんだかわからないくらいに高度に複雑化していくのもまたネイルアートの宿命でしょうか。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 6日 (月)

ロンドンG20サミットのメンズファッション

ミシェル・オバマとカーラ・ブルーニ・サルコジのファーストレディファッション対決ばかりが華々しく報じられたG20サミットおよびオバマ夫妻のフランスのストラスブール訪問だが(いや、すいません、いちばん重要な議題は経済問題であることは重々承知してます、はい)、男性首脳の装いについても、ちらほらと興味深い報道が見受けられた。

英ファイナンシャルタイムズによれば、ロンドンG20の記念品として各国の参加者に贈られたのが、ティモシー・エヴェレスト(首相ゴードン・ブラウンや保守党党首デイヴィッド・キャメロンのスーツを作っているテイラー)のタイであるという。

オバマ大統領、ブラウン英首相、サルコジ仏首相、というまったく異なるセンスの持ち主たちが同じようなダークブルーのタイをつけていたのが気になったが、ひょっとしてあれがそうだったのか? (そこまでは報じられていなかった)

ティモシー・エヴェレストのコメントも紹介されているが、そのなかになんと、日本男性のファッションセンスに対する称賛があった! あらゆる国の中で、日本の代表団のスーツスタイルがもっとも決まっていると。

「日本人は、肩、胸元、首のVゾーンの美しい見せ方を心得ている。彼らはノット(タイの結び目)に大きな注意を払っており、頭と顔が大きければ肩幅を狭くしたりラペルを強調したりしちゃいけない、ということを理解している。彼らが好むもう一つのスタイルは、上着のラペルのノッチ(V字の切れこみ)をより高い位置にもってくること」

ついでに、エヴェレストは、日本男性のタイレススタイルも褒めている。日本人はカジュアルスタイルのセンスがある、2005年のクールビズキャンペーンが成功したおかげ、と。

公式写真を見る限り、という条件付きなので、動いたとき、なども考慮に入れるとまた違う見方も出てくるのかもしれないが、いやともかく、あのティモシー・エヴェレストから日本男性の公式ファッションのセンスが讃えられたのである。スーツの着こなしでは定評のある麻生総理効果? ともあれ、日本を代表して参加した方々、あっぱれ!でした。WBCだけじゃない。ファッションでも世界一ですよ(笑)。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 5日 (日)

ロールスロイスの音がするルージュ

日頃はスキンケアさえしっかりしておけば、「色モノ」はどれを使ってもたいして変わり映えがしない(最近はどのメーカーのものもそれなりに優秀だから)と思いこんでいたのだが。

久々に、口紅が感動させてくれた。ゲランのルージュG(ジェ、と読む)。ケアものを買いに行ったのだが、「発売したばかりですよ」ということでつけてもらったら、あまりにも滑らかでゴージャスなつけ心地と発色のすばらしさに衝撃を受けて、一本購入。一日中、豊かな感触が続き、食事をしても落ちなかった。開発者の方に、感謝したい。口紅としては多少高いが、感激を与えてくれたものには、開発者の長い期間の苦労に報いる(というとエラソーで恐縮だが)つもりで、「一票投じる」意味をこめて、買う。これからもいいものを、どんどん開発してください。

ケースが重い。しかも開閉するときの音がロールスロイスのドアを開閉するときの音なのだという。ひょっとしたらケースをもっと軽くして音なんぞにこだわらなければ価格を低く抑えられたのでは・・・という考えも頭をよぎったが、いやしかし、この「持ち歩くには不便かも」な重厚さとロールスロイスの幻想が加わってこそ、えもいえぬラグジュアリーなつけ心地が生まれるのかもしれない・・・とも思う。実質だけに拘泥していては、人の心を遠くに連れていくような、理屈を超えた美しさは生まれないのですね、たぶん。ロールスロイスの音というムダ(?)こみでこの口紅を愛そうと思います(関西のおしゃれな友人に報告すると、「中身は一緒やねん!」とツッコまれたが)。

そういえば、「ムーンバット」の傘をつくる職人さんを京都に取材したとき、「いい傘は、開閉する時、ロールスロイスのドアを開閉するときの音がする」という話を聞いた記憶がある。ロールスロイスは車業界ばかりではなく、いろんな分野でラグジュアリーの基準になっている。すごいことだ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 3日 (金)

ミス・アシダ&ジャン・ポール・エヴァンのジンジャーキャラメル

ミス・アシダのコレクションには旅行に行っていたためうかがえなくて残念に思っていましたが、プレスキットを送っていただきました。美しい写真の数々とともに入っていたのは、ショコラティエのジャン・ポール・エヴァンがミス・アシダのために特別につくったジンジャー・キャラメルでした。生姜風味のパンチがさりげなく効いた、おとなのキャラメルを堪能。塩キャラメルブームの次にくるのは、ジンジャーキャラメル? 

ところで、発売中の「女性セブン」に「ある公爵夫人の生涯」の見どころを紹介した4ページにわたるグラビア記事が載っています。私はファッションの見どころを解説しています。ダイアナ妃との関連などについては、上智大学の小林章夫先生が解説。写真が贅沢にちりばめられていて、ダイアナ妃とジョージアナの関係が一目でわかる家系図もあり、ちょっとしたパンフレットよりも情報豊富で楽しいページなんじゃないかと思います(紙質がもっと厚ければ、保存版にしたくなるくらい)。ひとえに、編集者とライターさんの力です。女性週刊誌も、なかなか素敵なことをやってくれます。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 2日 (木)

ダンケルク・スピリット&リュクシー

「ヴァンサンカン」5月号発売中です。連載中の「リュクシーなモード」で、この春夏シーズンのモードに感じた「ダンケルク・スピリット」について記しています。

ダンケルク・スピリットとは、たとえ戦況は負けていようと、最後まであきらめずに敢然と戦い抜く精神。第二次世界大戦の「ダンケルクの戦い」に由来します。指揮官は、(当然)チャーチル。

経済不況の深刻化がすすむなか、モードだなんてなにを浮ついたことを・・・という逆境にあるのに、陰鬱な空気を一掃するかのような圧倒的な美で感動させてくれるモードに、ひときわそんなスピリットを感じたくなるのです。作り手側がかなり厳しい状況であるだろうに、そんなことをつゆほども感じさせない、力強くつきぬけた美を提案し、時代に立ち向かう勇気を与えてくれる。負けてるかもしれないけど、頭を上げて戦い抜く態度に、思わず背筋がのびる。

「リュクシー」というのは、ヴァンサンカン編集部の造語です。リュクスでヘルシー。頽廃や驕りの気配をともなう贅沢ではなく、ヘルシーで、世にも貢献できるようなラグジュアリー。・・・ってなんだ?ということに当然なるのですが、そんな、現代のムードとぴたり合うラグジュアリーの新定義を、連載を通して考えている途上です。

それにしてもヴァンサンカン編集部の造語力には脱帽する。先月だかも「肖像画ヘア」(静止してたら美しいんだけど、スプレーでがちがちに固まっていて、まったく動かない不自然なヘア)、その前だかには「リムジンヒール」(リムジンからレッドカーペットへ移動するためだけにつくられたような、おそろしくアートしているヒールの靴)。笑いが入りつつ、ずばり、言い得ているところがたまりません。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 1日 (水)

ベンジャミン・バトンとスラムドッグ$ミリオネア

帰りの機内で、見逃していた映画をチェック。まずは「ベンジャミン・バトンの数奇な人生」。老人として生まれ、赤ん坊として死んで行く男の物語と聞いていて、キワモノか?と思っていたのだけど、これがなかなか、人の一生を考えさせる暗喩に満ちていて、味わい深い静かな感動の余韻にひたれるよい映画だった。

人と出会うタイミングの重要さとか、小さな一瞬一瞬の積み重ねが変える人の運命とか、外見と中身の関係とか、赦し、老い、愛のさまざまな表現についてとか・・・。ブラッド・ピットとケイト・ブランシェットの、特殊メイクを過不足なく生かす繊細な演技にも圧倒された。キワモノ映画にならないのは、ほんの一瞬しか訪れない時期の、感情や表情、姿勢などをきめこまかく美しく表現することができるこの二人の演技力にもよるだろう。さまざまな事情や不都合をかかえながらも、今こうして生きている瞬間が、ほんとうに奇跡のようなかけがえのない宝物なのだ、ということを教えられる。

「スラムドッグ$ミリオネア」は今年のアカデミー賞作品賞ほか数々の映画賞を受賞している。スラム育ちの無学な青年が、なぜクイズ・ミリオネアで勝ち抜いていけたのか? ストーリーテリングの手法がクールでスタイリッシュなうえ(なんてったって監督がダニー・ボイルだ)、インドのスラムの状況がもう想像を絶する壮絶さで、見終わったらアドレナリン全開のままつい友人知人に「見て見て」とすすめたくなる。

問題の答は、スラムでの壮絶な一瞬一瞬の中にあった。思い出すのも悲しすぎるような、すべての瞬間を、感情とともにしっかり記憶に刻みつけておくことことで、青年の人生は一転する。ここにもまた、いかにみじめで無力な日々に見えても、必ずいつかその日々が意味をもつときがやってくる、というメッセージを読み取りたくなる(・・・疲れてるんだろうか)。

最後はみんなでダンス!のシーンで、「インド映画だからね」という監督(ボイルはイギリス人)のウィンクを感じ取る。

| コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »